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  吸血鬼小説・血 作者:asami
16・官能
「シャナンを何処へ連れて行った?」
「人の心配より自分のことを心配したら?」
今や名実供に学園を支配する女王となった美少女、藤代ふじしろあやめが、意のままに動く制服の少女を十人ばかりを背後に従えて、カナーンの鼻先でほくそえんだ。
「いい眺めね」
二人の少女によって壁に両腕を押さえつけられて体を十字架の形に拘束されているカナーンは、手も足も出ない状態だった。
漆黒のストレートヘアをさらさらと揺らしながら、藤代あやめは満足そうに笑った。
「さてどう料理しようかしら」
 言葉の端から、堪えきれないように笑いが漏れる。
「最後は胸を一突きするように言われたけれど、あの方がシャナンを花嫁に迎えるまではそれもできないし……」
藤代あやめはカナーンの心臓の上に人差し指を立てて、いかにも楽しそうに突き刺す仕草をした。
 屈辱に、カナーンは彼女を睨みつけた。
「ふふ、いくらあなたが睨んだところで、私には効果がないって言ったでしょう?」
 カナーンの頬を平手でぴしゃんと叩いた。
「吸血鬼って昼間は魔力が弱まるのでしょう? 不便ね。あのお方の力と比べたら、雲泥の差があるわ」
 藤代あやめはワイシャツ一枚のカナーンの姿を蔑むようにくすくす笑った。
「あなたのこと最初から気に食わなかったのよ。人を見下したような物言いが。その高慢なプライドを思う存分踏みつけてあげる。まずは私の前にひれ伏しなさい」
 カナーンは両腕をそれぞれ押さえつけられたまま、藤代あやめの足元に膝を折らされて頭を垂れた。
「哀れだな」
 カナーンはため息と供に床に向かって言葉を吐いた。
「本当に哀れなものね」
 藤代あやめはそんなカナーンを鼻で笑った。
「違う、お前のことを言ったのだ。可哀想な娘よ」
 劣勢な状態のはずのカナーンは威厳のある態度を崩さず、頭を上げて意外な言葉を彼女に投げかけた。
「私の何処が可哀想ですって?」
 声が裏返る。藤代あやめは明らかに動揺し始めていた。
「命乞いでもしたらどうなの? あなたの命は私が握っているのよ!」
 ヒステリックに叫んだ藤代あやめは声を震わせていた。
瞳に不安の色が浮かび、視線を落ち着きなく宙にさ迷わせて怯えているようだった。
彼女の方が優勢なはずなのだが、カナーンのたった一言で立場が逆転しつつあった。
カナーンはそこに付け入って、畳み込むように言葉を続けた。
「お前は己の美しさに魅せられたナルシスと同じ。人を愛することを知らない」
「愛する必要などないの。私は愛されるのだから!」
 歪んだ笑みを浮かべてあやめが言い返した。
「ほう」
 カナーンは蔑むように目を細めてこう続けた。
「昔の私と同じだ」
「あなたと一緒にしないでよ! 人の生き血を吸って生きる獣のくせに!」
 怯えて虚勢を張るようにわめき散らすあやめに対し、カナーンはこの状況を愉しみ、目を細めていた。
「いかにも、私は吸血鬼。乙女を食い物にして堕落と快楽に溺れさせる悪しき悪魔に違いない」
 カナーンは、押さえつけられてひざまずいた姿勢ではあったが、怪しい光を放つ魅惑的な瞳であやめを見上げ、彼女を捉えていた。
 あからさまな視線をねっとりと彼女の体の隅々に絡めて這わせ、彼女の足先までも目で陵辱していたのだ。
 あやめはまるで肌が透けて見えているかのように両腕で胸を隠して顔を背けた。
 とうとう、あやめはカナーンのペースに呑まれてしまったのだ。
「男を知らぬ乙女を極上の官能の海へと誘う、それが私の趣向――例えばお前のような乙女を――」
あやめの喉がごくりと鳴り、胸元を押さえていた両腕が緩んだ。
官能に浸る自分のあられもない姿。カナーンに愛撫され、快楽に喘ぐ自分を想像したに違いなかった。
恐怖と供に戦意をそがれたあやめは、敵視していたカナーンに対し、あろうことか愛欲の情を抱いたのだった。
あやめの瞳はカナーンに向けられ、二人の視線がまともにぶつかり合って、カナーンの瞳に釘付けになった。
「男のそれなど比ではない」
 甘く囁く声が、あやめを溺れさせていく。
荒い吐息が聞こえる。あやめの豊かな胸が弾んで上下しているのが制服のブレザーの上からでもよくわかった。
「快楽を求めるは、悪か」
問いかけに、あやめは恍惚とした表情でゆっくりと首を横に振り、カナーンの息がかかるほどの距離にふらふらと吸い寄せられて、カナーンの膝元にぺたんと座り込んだのだった。
「そうだ、いい娘だ」
 カナーンはあやめの首筋に舌を這わせた。ひんやりとした舌の刺激に、あやめは一瞬肩をびくりと震わせたが、悩ましげな声と供に息を吐いた。
 あやめから進んで唇を重ねた。
 若々しい弾力のある唇が、快感をむさぼるようにカナーンの唇を執拗に求め続け、舌を絡めてカナーンを離さなかった。
 あやめは快感に顔を歪め、一層大胆にカナーンの足の間に自分の足を挟んで体を密着させてきた。
「拘束された状態で唇を奪われるのも面白い趣向だが、どちらかというと奪うほうが好みだ。私の腕を自由にしなさい。おまえに良い夢を与えよう」
 あやめの唇から逃れたカナーンは、彼女の耳元に囁いた。
 上気した頬のあやめは少女達に命令するのも面倒とでもいうように、カナーンの唇を求めながら左手をすっと頭上に真っ直ぐ伸ばし、空を切るように腕を振り下ろした。と同時にカナーンの腕は二人の少女から解放された。
二人の少女はあやめの後ろに下がろうとしたのだが、カナーンは咄嗟に二人の腕を鷲摑みして引き寄せ、強烈な眼光を二人に向けてそれぞれの唇を順に奪った。
「カナーン……」
 カナーンに放り出されて座り込み、不満そうに眉を寄せるあやめを横目に、カナーンは二人の少女を両脇に抱いて片方の少女と舌を絡め合いその首筋に牙を立てた。
「ああっ」
 少女は小さく呻いて身体を振るわせた。もう片方の少女も、カナーンの唇を求めようと首に腕を巻きつけてせがんでいる。程なく、二人目もカナーンの牙にかかったのだった。
 あやめはその横に座り込んでその光景をもの欲しそうに見上げていた。
「可愛い我が下僕よ、皆を解放してやるのだ」
 解き放たれた二人の少女は、部屋の中でカナーン達を取り囲むようにして立っていたその他八人ほどの少女達にゆらりと近づき、その首筋に次々と襲いかかったのだった。
 リーダーであるあやめが骨抜きになった今、彼女達は為す術もなくカナーンの意のままとなった。
「少女達よ、この娘を解放してやれ」
 カナーンの一言で、少女達は座り込んでいるあやめに寄ってかかり、手を伸ばしてブレザーやワイシャツを次々と脱がしていった。
 その様子をカナーンは腕組をして見下ろしていた。
「美しい。その美しさを醜い権力に埋没させるは阿呆のすることだ」
 今やすっかり肌をさらけ出されてしまったあやめは、裸体を隠そうとせず、目を潤ませて熱っぽい視線でカナーンを見上げていた。
「カナーン様……」
「いいこだ」
 少女達が取り囲む中、あやめのねだるような瞳に応えるように、カナーンは身を屈ませてあやめの肩に腕を回し、唇をふさいだ。
 それだけであやめは再び胸を激しく上下させ、喘ぎ声を上げてのけぞりそうになり、カナーンは体を支えてやらなければならなかった。
愛欲の、百戦錬磨のカナーンにとって、例え魔力を操る小娘が相手だとしても、魔力なしで虜にすることなど造作もないことだった。
もはや、あやめはカナーンの敵ではなかった。