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  吸血鬼小説・血 作者:asami
15・来襲
「――長い旅だった」
 シャナンは過去を思い、ため息と供に呟いた。
 寮の狭いシングルベッドに二人は並んで寝ていた。
 廊下で熱く愛し合ったあと、カナーンが歩けなくなったシャナンを抱き上げて部屋まで運んだのだった。
 吸血鬼には都合の良い、夜が長い冬。夜が明けるにはもう少し時間がかかりそうだった。
カナーンは制服の白いワイシャツ一枚羽織っただけの姿でシャナンの傍らに肩肘をついて横向きに寝そべり、目を細めてシャナンを愛しむような視線を注いでいる。
 カナーンの温かい視線を感じられるのが嬉しくて、シャナンは自然と微笑み返した。
仰向けに寝ていたシャナンは、ガウンの前がはだけているような気がして襟元を直し、照れ隠しするようにカナーンに語りかけた。
「覚えている? 私が最初にあなたを見つけたのは二百年程前だったかしら。そのときも、あなたは吸血鬼カナーンとしての記憶がなくて、私をひどく恐れたの。ショックだった。私の術が未熟で吸血鬼の匂いを消すだけではなく記憶までも封印してしまったのだと、それからずっと自分を責めていた」
「済まぬ。覚えていない」
 カナーンは呻くように答えた。
カナーンの記憶は未だほとんどの部分が欠けていた。自分がいったい何百年生きてきたのか、どんな生き方をしてきたのか思い出せないのだ。
人だった頃のシャナンとの出会いの記憶が若干と、自分が三神加奈だった頃のことが辛うじてまだらにわかる程度だった。
「――見つける度にあなたはこの手からすり抜けていったの。それでも諦めず、何度も何度も掴もうとして、その度に恐れられ、拒絶されて」
 シャナンはカナーンを探し続けたのだった。カナーンは人に紛れ、自分のことを人だと思い込んだ状態で転々とさ迷っていた。勿論、歳はとらない。入り込んだ家族が不振に思い始めると、忽然と姿を消して魔力の力で違う家族に紛れ込んだのだった。それでも自分は人なのだと強く思い込んだ状態で、食事を摂り、夜は眠る生活をして、人であり続けようとした。
 カナーンは三神加奈としてシャナンに出会い、カナーンの部分が覚醒したことによって吸血鬼の資質がようやく目覚めたのだ。
「私を探すなどと馬鹿なことをしなければ、お前は幸せだったのではないか」
「カナーンは孤独がどんなに辛いものかということまで忘れてしまったの? カナーンもずっと孤独に生きてきたのでしょう? もう離れない。もう孤独は嫌!」
「孤独か……」
 シャナンの抗議にカナーンは考え込むように唸った。
「私はカナーンと再び会いたい一心で生きてきた。だから、あなたがいない世界には私も存在しないの」
「お前の命を懸けるほどの価値は私には無い」
「今更そんなことを言って、どうしてそう卑屈になるの? バートリが怖いの?」
「怖くなどない。ただ――」
 カナーンはシャナンの頬にためらいがちに片手を当てて、
「お前を失うのが怖いのだ」
 と、うめくように言った。
「カナーン……」
 シャナンは頬に添えられたカナーンの手を挟み込むように、自分の手を添えて、いとおしそうにその手に頬ずりをした。
 これ以上何もいらない。今、このときがあればいい。
 シャナンは満ち足りていた。
 真冬の薄暗い空に朝日が顔を出し始めて、カーテンをしていなかった部屋は白み始めた。
 明るくなってきた部屋で、二人はどちらともなく口付けを交わした。
 と、そのとき、廊下から奇妙な声が聞こえてきた。
「誰だ!」
 カナーンは弾かれたようにベッドから立ち上がった。
「ククク……」
 それは、喉を鳴らすような笑い声だった。二人をあざ笑っているように聞こえる。一人ではない。複数の少女達の笑い声が途切れなくこだましていた。
「バートリの仕業か!」
 カナーンは勢いよく部屋の扉を蹴り開けた。
 バキッと音を立てて扉が倒れたその先には、制服姿の少女二十人ばかりが部屋を取り囲み、瞳に異様な光を湛えて二人を待ち構えていた。
「バートリに操られているようだな」
ククク、と不気味な笑い声をたてながら、少女達はじりじりと二人を取り囲み始めた。シャナンはカナーンの背後にぴったりと寄り添って腕にしがみついた。
「バートリ! 出て来い! こんな子供騙しは私には通用しない」
「それはどうかしら」
 少女達の一群の中から、カナーンを挑発するような甲高い声が飛び出した。
 同時に少女達が左右にすっと分かれ、中央にその声の主が現れた。
 長い黒髪を肩までたらした色白の日本人形のような少女が、腕組をして不敵な笑みを浮かべている。
「あのお方の手を煩わせる必要はないでしょう」
 暗黒の瞳が冷酷な光を宿していた。
 シャナンはこの少女に見覚えがあった。確か、隣のクラスで女王のように振る舞ってとりまきをはべらせていた美少女だ。その少女はカナーンが下僕にするために手にかけようとしたものの、敵意をむき出しにしてカナーンの瞳になびかなかったのだ。
「バートリの下僕だったのか」
「下僕? あのお方とはパートナーよ。あのお方から力を授かり、永遠の美しさを手に入れたの」
「馬鹿な、お前は利用されているだけだ」
「ほほほ! 負け犬が何を言うの! この学園のナンバーワンはこの私だということを思い知るがいいわ」
 カナーンの下僕は少女達の中に一人もいなかった。彼女の指示によって捕らえられ、既に制圧されているようだった。
 カナーンとシャナンという目立つ美少女が転校してきたことで皆の注目が二人に集中し、この学園の女王の座を横取りされてしまったという不満が、彼女を突き動かしているようだった。
「お前もバートリにとってはただの駒に過ぎないのだぞ」
「そんな悠長なことを言っている場合じゃないでしょう? 自分の身を案じるのが先じゃないかしら」
 少女はくすりと肩をすくめて笑い、次に冷酷な命令を発した。
「捕らえなさい」
彼女は顎をしゃくり、目で少女達に合図した。その視線の先にあるのはシャナンだった。
「勝手はさせない!」
 カナーンが視線を遮るように少女達の前に立ちはだかるが、強力な魔力によって操られている少女達の腕力は尋常ではなく、カナーンは瞬く間に容易く壁に押しやられ、左右それぞれの腕を二人の少女に押さえつけられてしまった。
 シャナンも少女達の絡みつく腕から逃れようと必死にもがいたのだが、とうとう捕らえられ、引きずられるようにして部屋から連れ出された。
「シャナン!」
 カナーンの叫び声が、廊下に連れ出されたシャナンにも聞こえた。
「カナーン! お願い、生きて!」
 シャナンは声を精一杯張り上げてカナーンに聞こえるように叫び返した。
 お願いだから、生きていて。
 シャナンは祈るような気持ちだった。