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13・対面
 二人の少女が教室に入った途端、クラス中の女生徒がざわつき、あちこちからため息が漏れきこえた。
師走、さらさらと雪が降る、薄暗い空のある日。
とある全寮制の女子高校に、二人の転校生が転入した。
二人とも透けるような白い肌。一人はウエーブのかかった黒髪に、青い瞳。西洋のアンティークドールがそのまま立っているような少女。もう一人は、やや背が高く、茶色かかったストレートのロングヘアに琥珀色の瞳。顔つきはやや彫りが深く、日本人離れした印象を与えた。そして、二人の優雅な仕草が人目を惹いた。
「お静かに! 森羅シャナンさんと、三神加奈さんです。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
「宜しく」
 二人は上品な微笑をたたえ、軽くお辞儀をした。
うっとりした顔つきで二人を見つめる女学生の間を通り過ぎ、教室の一番後ろの席へ、二人は隣り合わせに着席した。
そんな視線にも加奈は戸惑うことなく、当然のこととして受け止め、微笑み返すことさえ忘れない。
今までの自分とは違う。三神加奈ははっきりとそう自覚していた。
シャナンと過ごし始めてから、約八ヶ月が過ぎ、カナーンの傍若無人な行動や大胆な振る舞いが、三神加奈であるときも、自然とにじみ出るようになってしまった。
カナーンに染まっているのか、それとも三神加奈がカナーンを吸収しているのか。もともと一人なのだから、同じことなのだが。
最も変わったのは、吸血行為が当たり前となったことだった。
夏の間、夕刻であっても日差しは強て体力を消耗するため、夜の歓楽街へ、二人は獲物を求めて彷徨い歩いていた。
だが、行為の度に、三神加奈の脳裏に後悔が微かによぎった。
シャナンのため、今は生きなければならない。
 そう自分に言い聞かせ、後悔を打ち消す。
 今は生きなければならないと、三神加奈に直接語りかけてきたカナーン。
 それはいつか自分がシャナンの前から消え去らなければならない時が来る、そういう意味の言葉なのだと三神加奈は受け止めていた。
 シャナンのために生き、シャナンのために再び永い眠りにつく。全てはシャナンのため……。
 授業中、頬杖をつき、加奈はそんなことばかり考えていた。
「目立ちすぎだわ」
 昼休み、席に着いたままぼんやりしていた加奈に、シャナンが声をかけた。
「であれば、シャナンが姿を消していればいい」
そう言いながら、加奈の目は遠巻きにこちらをうかがっている女生徒達を物色していた。
「意地悪ね」
 シャナンは寂しそうに微笑んだ。
 またやってしまった。つい冷たい言葉が口を付いて出てしまう。謝ろうかと思った時には、シャナンはふいと背を向けて廊下へと出て行ってしまった。
 九ヶ月間、共に過ごしていたが心はすれ違っていた。
加奈の他人行儀でぎこちない態度が、シャナンの顔を曇らせる。シャナンの中には、遠い昔のカナーンとの日々が強く焼き付けられているのだ。加奈には未だその記憶が蘇らない。加奈の中のカナーンの記憶は硬く閉ざされたままだった。
悲しみをたたえた瞳で加奈を見つめるシャナンに、加奈は焦りともどかしさを感じて自分に苛立っていた。そして、八つ当たりとわかっていても、ついシャナンに冷たい言葉をぶつけてしまうのだ。
 こんなに愛しているのに。
 だが、そんなことで悩んでいる余裕はなかった。いつまでもこうして山崎はるや――バートリ神父から逃れられるわけではない。
力を蓄えなければ。
夜の歓楽街ではそうそう上質の獲物に出会うことはなかった。今回、効率よく獲物を確保するために女子高を選んだのだ。
 加奈の力を蓄えるために。
 その点では、カナーンと加奈の意見は一致していた。
力を蓄えた後は……加奈はバートリ神父と対峙しようと考えていたのだが、シャナンは加奈の提案に無言で弱々しく微笑むだけだった。
 カナーンはといえば、心を閉ざしたまま、加奈の呼びかけに応じる気配もなく、沈黙を守ったままでいた。
「あのお、三神さんと森羅さんて、お知り合いなんですか?」
 遠巻きにして加奈を伺っていたクラスメイトの一人が、おずおずと近づき、声をかけてきた。
「ええ、親戚なの」
「それで、なんとなく雰囲気が似ているのね。見た感じは違うのに」
ストレートロングヘアで丸顔の彼女は、恥ずかしそうに頬を染め、納得したように頷いた。
 似ているというのか。あんなに優美なシャナンと。似ても似つかないではないか。褒めるにも程がある。
 加奈は内心苦笑した。
 どうしたら獲物を虜にできるか。それは充分実践し、要領を得ていたのだが、加奈はそれが自分の魅力なのだとは自覚していなかったのだ。
「そう、ありがとう」
 納得がいかなかったが、加奈はとりあえず彼女に笑み返した。
「森羅さんとは寮も同じお部屋なの?」
「そうよ。そんなことより、あなた、昼食をご一緒してくれる?」
「私でよければ!」
 染めていた頬を一層真っ赤にさせて、彼女は満面の笑みで返事をした。
 美人というより、可愛らしさが残る面持ちの彼女は、処女の匂いを感じさせる。
 どうせ獲物にするなら上質の血がほしい。
 加奈はにっこりと微笑んだ。
 
しんとした長い廊下。皆、食堂へ行き、人影はない。
シャナンは窓辺に寄りかかり、外を眺めていた。
細かな雪が絶え間なく白い地面に降り積もる。
 冬は落ち着く。薄暗い空が、降り積もる雪が、この身を包み隠してくれる気がする。
 シャナンは、鬱々とした気持で小さく息を吐き出した。
 折角めぐり逢えたのに、カナーンの記憶は封印されたままなのだ。
 九ヶ月前に抱擁を交わした後、加奈はシャナンに触れようとはしなかった。九ヶ月間が空虚に過ぎていた。
 ゴトッ。
 鍵がかかっているはずの大きな窓の一つが、いきなり大きな音を立てて開いた。
 風もなくゆっくりと舞い降りていた雪が、小さな竜巻となって、シャナンの足元にからみつくように渦巻いた。
「バートリ神父!」
 見つかってしまった。もう逃げおおせることはできない。
シャナンは身を硬くした。
「シャナン、久しぶりにお目にかかれて嬉しく思う。貴女に名を呼んでいただけるとは光栄だ。だが、私は神父ではない。一介の神父が、このような力を持ち合わせていると思うか?」
 実体を現し、シャナンの数歩前に降り立ったバートリ神父は、もはや山崎はるやの外見を留めていなかった。
 黄金色の髪に碧眼の青年、遠い昔に記憶していたバートリ神父の姿。しかし、神父には似つかわしくない黒いマントを引きずっている。
「貴女がいけないのだ。私を虜にしたのに、あの吸血鬼を助けるから……私はあの時、悪魔と契約を交わして魂を売った。貴女を手に入れるために。そして、城の者を操り、ようやく貴女を手に入れられる手筈だったところをあいつが邪魔をしたのだ。あいつだけは許さない。私はあいつと貴女を絶対一緒にさせないと決めたのだ」
悪魔と成り果てたパウル・バートリは、シャナンににじり寄り、窓辺にシャナンを追い詰めて、体をぴたりと合わせ、シャナンの鼻先に顔を近づけた。
「美しい……貴女の美しい顔をひと時も忘れたことはない。今からでも遅くはない。私の花嫁となれば、カナーンのことはそっとしておいてやってもいい」
 嘗め回すように見つめるパウルに怯え、シャナンは彼を払いのけることができなかった。
遠い昔の忘れがたく悲しい出来事。
「カナーンが灰となれば、私も同じ運命だということを忘れたの?」
「私は強力な魔力を手に入れたのだ。私の妻となれば吸血鬼カナーンの下僕という立場から解放し、マスターであるカナーンがいなくとも貴女が消え去ることはない」
 震える声で反論したシャナンに、バートリは不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「森羅さん! 探したわよ。なんだ、バートリ先生といたんだ。三神さんが食堂で心配していたわよ」
「バートリ先生?」
 シャナンは耳を疑った。
 女生徒から目をはずし、再びバートリの方を見ると、そこには背広姿のパウル・バートリが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
 開け放たれた窓も、いつの間にか閉まっている。
「森羅さん、先生だって知らないで話していたの? 英語の先生のパウル・バートリ先生よ。人気あるんだから。ねっ、セーンセ!」
「さ、森羅さん、昼食を食べそびれてしまいますよ。ではまた後ほど」
 軽く手を挙げて、バートリ先生は反対方向へと廊下を歩いていった。
 なんということだ。バートリが潜んでいたとは。もっとよく調べておくべきだった。
シャナンは目の前が暗くなり、ふらふらと重い足を引きずるようにして食堂へ向かった。


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