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 12話から13話の粗筋(女子高の寮)

 力を蓄えるため、シャナーンと半覚醒の加奈は、女子高の寮へ身を隠す。
 だが、そこには宿敵パウル神父が、既に潜伏していたのだった。
 カナーンはシャナンとの別れを覚悟したかのように、シャナンを求めた。
12・安息
 街中にある、木々が生い茂る大きな公園の近く。広々とした敷地に、木の塀が張り巡らされた古い和風洋館がひっそりと建っている。
加奈とシャナンはそこへ身を隠していた。
以前、シャナンが住んでいた建物とは違っていたが、庭のうっそうとした木々や、昼間でも薄暗いような室内の雰囲気、蝋燭の匂いと微かに感じる薔薇の香りは、まるであの時の洋館そのものだった。
加奈は黒いローブを着込み、黒光りしている革張りのソファにゆったりと腰を下ろして、シャナンが紅茶を淹れるのを眺めていた。
前に見たのと同じような、白い絹のネグリジェ。
あの日を思い出す。古い洋館へ招かれたあの日。戸惑いながらもシャナンに惹かれていったあの時。
出遭うべくして出遭ったのだ。
夜を同じ屋根の下で過ごせる喜び。三神加奈として過ごせるのが、たとえ今宵限りになろうとも、もう後悔はしない。
加奈はシャナンの美しい微笑みに魅せられながら、そんなことを密かに思っていた。
どっしりとした家具には高価な調度品が並んでいる。それらを蝋燭の明かりが優しく照らしていた。暖炉の薪がぱちぱちと弾く音だけが響く。
テーブルの上に置かれた燭台の、仄かに揺れる蝋燭の明かりが、シャナンの横顔を照らし出している。
白い肌に鮮やかな赤い唇。愁いを帯びてしっとりと濡れたような深く青い瞳。シャナンに魅せられない人間などいないだろう。
かつて人だった時から、兼ね備えていた魅力なのか、それとも、魔物となり、年を重ねる中で磨かれた妖しい美しさなのだろうか。
いや、魔物だなどというのは間違っている。シャナンには本当に吸血鬼なのだろうかと疑ってしまうような、神々しさがある。
あの時の姿のまま、シャナンはここにいる。
「どうかした?」
「ううん。前にもこんなことがあったな、と思って」
微笑むシャナンに、加奈も微笑みかけた。
紅茶を淹れ終わったシャナンが、加奈の傍に来てひざまずいて加奈の膝の上に頭をもたげた。
「シャナン?」
「あなたの膝の上に頭を乗せると、あなたは優しく髪を撫ぜてくれたわ。こうして夜を過ごしたの」
 加奈はどきどきしながら、シャナンに言われるままに艶やかな黒髪をゆっくりと撫ぜてみた。
甘えてくるシャナン。こんなシャナンの姿は今まで知らない。これがカナーンといる時のシャナンなのか。
加奈はシャナンの態度に戸惑った。
「加奈、ごめんなさい。私、嬉しくて……」
なんとなく加奈の戸惑いが伝わったのか、シャナンは頭を上げて加奈から離れようとした。
「シャナン、いいの」
 加奈は傍から離れようとしたシャナンの腕を掴み、瞳を見つめた。
 憂いを溜めた深く青い瞳。愛しいシャナン。
 加奈はもう片方の手でシャナンの肩を掴んで傍に引き寄せた。そして、加奈の膝によろけるように座り込んだシャナンに、自分から口付けをした。
 リードしてみたものの、加奈は緊張してただじっと唇を合わせるのが精一杯だった。
シャナンはそんな優しいキスでは満足せず、冷たく柔らかな舌が加奈の口中を攻め始めた。
「ん……」
 加奈は手も足も出ない。シャナンの行為にただ身を任せるだけだった。
 体がじんと痺れるような感覚。力が抜けた。
 膝に座ったまま、シャナンは加奈のローブをはだけ、胸に手を滑り込ませて唇をうなじに這わせた。
「あぁ……」
 鼓動が早くなり、加奈は自然と吐息を漏らした。
 目を細めて恍惚に身を任せていた加奈だったが、突然がっくりと頭をたれたのだった。
「加奈?」
 シャナンはそっと名を呼んだ。
加奈は急に顔を上げてぎょろりと目を見開き、乳房の辺りにあったシャナンの手を掴み上げて振り払い、眉を寄せてすっくと立ち上がった。
「シャナン、無礼な真似をするな。私を呼び起こすためにわざとこんなまねをしたな?」
「カナーンなのね?」
 突如、カナーンが現れてシャナンは嬉しそうに微笑んだ。
カナーンははだけていた胸元を正した。
 ――カナーン、私を押しやって、勝手なことをしないで!
「黙れ! お前こそ勝手なことを! シャナンの前から姿を消せといったはずだ」
シャナンはカナーンが誰に向かって話しているのかわからずに、不安そうな顔をしてカナーンを見上げていた。
加奈の意識はすっかり眠ってしまったわけではなかったのだ。カナーンは頭に響いてくる加奈の声に一喝したのだった。
 カナーンは堂々とした風格さえ漂わせて、人を魅了させるギラリとした怪しい光をたたえた琥珀色の瞳を、シャナンに向けた。
「何を怒っているの?」
「なんでもない。……加奈に、バートリの恐ろしさも話しておくべきだった。折角の忠告を無視し、二人で行動するとは無謀なことを。今からでも遅くはない。シャナン、金輪際、私にかかわるな」
「嫌、もう離れない。どこまでもついていきます」
「お前も充分わかっているはずだ。それがどんなに危険なことか。灰になりたいのか?」
「私はカナーンといられるのであれば、灰になろうと構わない」
「馬鹿なことを考えるな」
 真っ直ぐに見つめるシャナンに、カナーンは顔を背けて苛々した口調で声を荒げた。
 ――どういうこと? バートリ神父はそんなに強い力を持っているの?
 加奈の声が再びカナーンの頭の中に響いていたが、カナーンは聞こえていないかのようにその声を無視した。
「一人で生き続けたくない。私はカナーンのもの。私の存在はあなた次第。加奈は……加奈は私を守ってくれると言ってくれたわ」
「ふん、何も知らない奴の戯言だ」
「でも嬉しかった。それに、きっともう遅いわ。バートリは目覚めた。そんな気配が感じられる。カナーンも感じるでしょう?」
「私に、バートリと戦えというのか」
「そんなこと望まない。一緒にいるだけでいいの」
「戦わずして負けるなどとは、吸血鬼の名に恥ずべき行動……だが、今の私は弱い。バートリに簡単に消されてしまうだろう」
「カナーン」
 心配そうにカナーンの顔を見上げるシャナンの青い瞳。
「……早急に力を蓄えなければ」
 困ったように、カナーンは口角の端を少し上げ、微かに笑った。
シャナンは目を細めてカナーンの足元に体を摺り寄せた。
「嬉しい……」
「もう、後戻りはできないぞ」
 カナーンはかがんでシャナンの腰を片手で軽く抱きよせ、顎に手をかけて、乱暴に唇を奪った。
 これが最後の抱擁とでもいうように、カナーンは激しく、いつまでもシャナンを放さなかった。
 ――狂おしいほど愛している。お前を灰になどさせるものか。
 カナーンの強い意志が、加奈にも伝わってきた。だが、同時に破滅の予感を匂わせる、暗雲とした感情も伝わってきた。
 ――私には何ができる? シャナンが必要としているのは、頼れる強いカナーン。私には何の力もない。ただ、三神加奈の存在が消えるのではと、脅えているしかない無能な自分。 
 加奈はカナーンの情熱を知れば知るほど、自分が必要とされていないように感じた。
「馬鹿な。加奈もまた、カナーンだと言ったはずだ」
 カナーンは、キスをやめてシャナンから手を離し、呟くように言った。
「どうしたの?」
「いや、こちらのことだ」
 カナーンはそう言って微笑み、愛しそうにシャナンの髪を撫ぜた。
 突然、窓の一つが、大きな音と共に観音開きになり、厚手のカーテンが風になびいて、強い風と共に殴りつけるように降っていた雪が入り込んできた。
「風が、私達のことを嫉妬しているのかしら」
 くすりと笑いながら、シャナンは窓を閉めた。
「じゃあ、もっと嫉妬させてやろう」
 カナーンは目を細めて、悪戯っぽく笑いながら窓際にいるシャナンに近寄り、いきなりシャナンが着ているシルクのネグリジェを、荒っぽく引き裂いた。引き裂かれたネグリジェは、辛うじてシャナンの腰の辺りに引っかかっている。
「カナーン、酷いわ。こんな……」
 シャナンは恥ずかしそうに、胸を両手で隠そうとしたが、カナーンはその両手をいとも簡単に片手で掴んで持ち上げ、露わになったシャナンの上半身を舐めるように眺めた。
 ギリシャ彫刻の女神像を思わせる白い肢体。
 カナーンを通して、加奈もまた、シャナンの肢体にうっとりと見惚れていた。
「カナーン、お願い、手を離して。初めてなのに……」
 恥ずかしさで頬を染めて目を伏せ、シャナンは懇願した。
 遠い昔、二人は結ばれることはなかった。こうして夜をすごすのは、初めてのことだった。
「だめだ。お前は私のものなのだろう? 私の前では、一糸纏わぬ姿でいるのだ。その麗しい肢体を隠すことは許さぬ」
「嫌……恥ずかしい」
「何を言う。吸血鬼として立派に生きてきたのだろう? 今更、生娘のようなことを言うな。私と共にいるということは、こういうことだ」
「……悪趣味」
「悪態を吐いても、止めぬ」
 カナーンは、ただ、シャナンの肢体をにやにやしながらじっと見つめているだけなのだが、シャナンの顔は益々紅潮して、息までもが弾み、そのたびに豊かな胸が揺れている。
「いい眺めだ」
「いつまでこうしているつもり?」
「飽きるまで。それとも、見られるだけでは嫌か? 触ってほしいのか」
「意地悪」
「ふふふ」
 カナーンはそのまま床にシャナンを押し倒し、白く張りのある乳房を、手と舌で巧みに攻め立てた。
 ビロードのようなシャナンの波打つ黒髪が床に広がり、シャナンが高揚し、いやいやと首を振る度、黒髪が体と共にうねった。
「美しい……」
 カナーンは一晩中シャナンをむさぼるように愛し続け、シャナンは喜びの声を幾度となく上げることとなった。
 まるで最後の別れを予感しているような、カナーンの行為。
 外は荒れ狂うような吹雪。暗闇の中、白い雪が生き物のように、激しく渦巻いていた。
 二人の行く末を暗示しているようだった。


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