警告
この作品は<R-18>です。
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11・決別
雪が降って薄暗かったとはいえ、やはり日中の行動は体に堪えた。
三神加奈はマンションへ帰宅し、けだるい体をソファに横たえて目を瞑り、深い眠りに落ちた。
これは夢だ。霧の中、加奈は自分の姿を遠くに見ながらそう思った。
もう一人の自分がいる。
もう一人の自分は次第にこちらへ近寄ってきた。
黒いマントで身を包み、堂々と落ち着き払った威厳のある態度。
「カナーンなの?」
自分と同じ顔をした彼女はこちらに向かって微笑みかけてきた。
畏怖と敬愛の感情が自然と沸き起こるような、美しい微笑。自分と同じ顔をしているはずなのに、その微笑みに魅了され、思わずかしずいてしまいそうになる雰囲気があった。
「三神加奈。いや、その名を借りた私の半身」
カナーンの声、自分と同じ声が頭の中に直接響いてきた。
「進んで自らを封印し、長く、己を人と思い込み、三神加奈として生きてきた。この呪われた我が身をシャナンの前に二度とさらしたくはなかったのだが……シャナンに再会し目覚めてしまった」
どういうことだろう。カナーンは目覚めたくなかったのか。シャナンに会った時も避けていた。カナーンはシャナンを愛しているのではないのか。
「心して聞くが良い。我が命を狙う神父の末裔が、山崎はるやだったのは偶然とは思えぬ。あの男は我が身を封印し続ける杭になっているのだ。おそらく神父は、何度も生まれ変わり、ずっと以前より我が身を監視していたのだろう。もし、私がシャナンと一緒になろうものなら、神父は怒り狂い、山崎はるやの神父としての資質が目覚め、我らを亡き者にしようとするだろう。シャナンも生を奪われるかもしれぬ。シャナンを巻き添えにしたくないのだ。シャナンを愛しているのであれば、シャナンを愛してはいけない。よいな? 人間に身をやつしていたとはいえ、お前は私の半身。人間ではないのだ。人間から見れば呪われた血だが、誇り高き吸血鬼だということを忘れるな。この地を発ち、シャナンの前から姿を消すのだ」
カナーンの姿が加奈の目の前からすうっと消えた。
直接頭の中に語りかけてくるようなカナーンの声は、そこで、はたと聞こえなくなった。
神父って何者なのか。シャナンを諦めろというが、カナーンは諦められるのだろうか。孤独に時を彷徨って生き続けるなど、加奈にはできそうもなかった。
これからどうしたらいいのか。カナーンの言うように、身を隠すしかないのか。
山崎はるやもまた、無意識に三神加奈へ近づいて監視していたのだ。はるやと加奈は過去の運命に引き寄せられた出会いだったのだ。
今まではるやを気遣っていたことが間抜けに思えた。もうはるやを信じられない。はるやの存在が怖くなった加奈は、これ以上傍にいられなくなった。
運命が、強い力に支配されている気さえする。
これは神の力なのか。神がもし本当に存在するのであれば、吸血鬼は忌むべき存在なのか。でも吸血鬼は存在し続けているのだ。
存在意味はなんだろうか。人間としての人生が偽りのものだったとするなら、何のために生きてきたのだろうか。
加奈は半分眠った状態であれこれ考えて、ずんずん深い水底に沈んでいくようだった。体が重たくだるい。もう何も考えたくなかった。
「加奈……」
加奈が深い眠りにつこうとした時、自分の名を呼ぶ声がして深く暗い水の底から急激にすくい上げられたように、目が覚めた。
ソファに倒れこむように眠りについていた加奈は、ゆっくりと開眼し、目の前にいるシャナンを見た。
青く深い、寂しそうな色をたたえているシャナンの瞳。
その瞳を見たとき、加奈ははっと気づいたのだった。
ああ、そうだった。シャナンのために生きているのだ。
全てはシャナンのために。
シャナンを守りたい。シャナンを愛している。ならば、山崎はるやが障害なのであれば、逃げるのではなく立ち向かっていけばいい。神父の生まれ変わりといっても所詮人間なのだから、そこまで恐れる存在ではないのではないか。
三神加奈として存在し続けられるのかもわからないが、きっと今の自分はシャナンのためにあるのだ。
愛しいシャナン。
「シャナン!」
加奈は跳ね起きて、シャナンを力いっぱい抱き締めた。
「加奈?」
「私、どんなことをしてでも神父からシャナンを守る」
戸惑うシャナンに、加奈は力強く断言した。
「はるや自身、まだ自覚していないけれど、彼は私達を脅かす神父の生まれ変わりなんでしょう?」
「私もカナーンから聞いていたけれど。……バートリ神父のこと」
シャナンは加奈から離れ、青ざめた。
「神父って言っても、人間でしょう?」
「ええ、そうね」
そんなに手ごわい相手なのか? シャナンの浮かない表情を見て、加奈は少し不安になった。
「とにかく、私と来るという決心はついたのね?」
シャナンは話しをそらすように、そう続けた。
「シャナンと行く。そして、シャナンを守る」
「加奈……嬉しい。あなたと一緒にいられるのであれば、私はいつ灰になってもかまわない」
「そんなことはさせない」
断言する加奈に、シャナンは困ったように弱々しい笑顔を見せた。
そんな笑顔を見せるシャナンを、加奈は再び抱き締めた。
人間としての生活を捨てる。そして、シャナンを守る。もう、それしかない。
加奈は人間として生きることを諦めた。
日暮れどき、雪の振る中、加奈とシャナンは寄り添ってマンションを後にした。
その数時間後、山崎はるやは誰もいない暗い部屋に帰宅して呆然と立ち尽くしたのだった。
「加奈……行ってしまったのか」
はるやはその場に崩れるように床へ膝を突いて座り込み、がっくりとうなだれた。
数分そうしていたのだが、苦しそうに低いうめき声を上げて肩を震わせ始めたのだった。そして、両拳を握り締めたかと思うと床を力任せに叩きつけたのだった。
温和なはるやらしからぬ行動だった。
「……許さない。お前はすすんで化け物に……カナーンになるというのだな。シャナン嬢と共に、慈悲をかけてやったのに恩を仇で返すとは。我が花嫁シャナンをかどわかし、我が怒りに触れた哀れな吸血鬼め! 許さない。シャナン嬢と共にいるというのであれば、必ず見つけ出し、息の根を止めてくれる!」
顔を上げた山崎はるやは、もはや、温和な笑顔の好青年という面影は微塵もなかった。
顔を紅潮させ、怒りで打ち震えているその形相は、カナーンにプライドを傷つけられ、嫉妬に狂い、永遠を彷徨い続けているパウル・バートリ神父そのものだった。
山崎はるやに潜んでいた、パウル・バートリ神父の意識が覚醒したのだった。
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