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この作品は<R-18>です。
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四十四話
「やっぱ俺は夏のほうが断然いいな。冬はダメだ、寒いとサッカーするのも元気でねぇよ」
「俺は冬のほうがいいけど。夏なんて暑くて何もやる気出ないよ」
「光は大体いつもやる気ねぇじゃん」
ニヤッと笑う賢吾を、不機嫌な目線でジロリと見返すと爆笑された。
暖房のきいた教室はともすると眠気を誘うが、彼と居ると退屈しない。
部活行くのが辛い、と寒さに対するぼやきを連発する賢吾と、『夏と冬どちらがいいか』なんて、壮大かつアバウトな話をしていた。所々イジられてムッとすれば、その表情を喜ばれてしまう。普段ポーカーフェイスな部分が裏目に出ているのを光は自覚していた。
新学期が始まり、正月ボケが抜けない少々中だるんだ17歳の彼らは、いつも通りの学校生活を送っていた。光と新之助が多くを語り合った頃、賢吾と望月も、どうやら仲直りしたようだ。
「けーんーご!!ちょっとこれ、片付けてくれる?あたしの机の上に食べたお菓子のゴミ置きっ放しなんだけど!」
「あっ、悪ぃ!」
光の席から見て右斜め後ろ。綺麗なカールのロングヘアをフワフワと揺らしているれのんは、チョコレートやらポテトチップス、コーラの飲み残しを指差して怒っている。しかしそれが本気じゃないことなど、誰から見ても一目瞭然だ。申し訳なさそうに賢吾は腕組みしている彼女の元へ歩み寄っていった。二人とも口元に小さく笑みを浮かべている。
『あいつとは、別れたけどいい友達になれた』
始業式で会った時賢吾は、望月と話し合い、きちんと向き合うことでお互いを理解しあえたと光に告げた。光はそのことがとても嬉しかった。そして光自身も、新之助との話し合いの内容を告げた。賢吾には知っていてほしかったし、知る権利があると思ったからだ。元々、賢吾という人を好きになったことから始まった出会いでもあったから。
最初は望月に対して劣等感を抱かずにはいられなかった。
女性になりたいわけじゃない。
ただ、この胸から生まれてしまう感情を伝えられない苦しさから逃れたくて。
逆恨みにも似たようなドロドロしたものが、あの頃の自分には渦巻いていた。
それらを捨て去ったとき、初めて彼女のことを、ひとりの人として見ることができた。
多少強引だが天真爛漫で周りの空気をパッと華やかにしてくれる。よく気がつきフットワークが軽く、夢に向かって真っ直ぐな娘。
負の感情というフィルターを取り払えば、本来の姿が目の前に現れた。
そんな事を考えながら眺めていたせいだろうか。
ふと目が合った。こちらが一瞬ハッとしている間に
ニコリと微笑んでくれる。綺麗な瞳が印象的だ。
また付き合う、ということには至らなかったらしいが、それでも少し前の険悪な雰囲気の二人から比べたら断然こちらの方がいいだろう。
そもそも賢吾が望月に別れを告げた理由が自分にあるということから、罪悪感を感じていた光は、こうしてまた親しげに辛口を叩き合う二人を見られるのは正直言ってありがたかった。
長い夏休みに比べると、冬休みというのはあっという間に過ぎるもので、年末年始を過ぎ、成人式を終えるとすぐに学校へ行かなければならない。さらに目前には春休みが待っている。そのせいか2月に入っても浮かれた雰囲気が教室中に充満していた。
光は窓に目を向けた。葉がほとんど落ち、淋しげな木々が、木枯らしに吹き晒される姿は見るからに寒そうだ。暖かな教室に居てもそんな光景に身震いする。
ブレザーのポケットに手を入れると、携帯のカレンダーをチェックした。
――もう2月1日か。
年末、決死の思いで話し合ったあの日。分かり合えた喜び。純粋に求め合う素晴らしさ。すべて心と身体に刻み込まれている。それでも時間は流れるもので、年明けから多忙を極めていた新之助とは、少々すれ違いの生活を送っていた。
日付を確認すると溜息がひとつ、零れた。
そして携帯を閉じようとしたその時。
手の中で振動が知らせる。
画面には見慣れた人の名前があった。
――新之助…!
「最近忙しくてゴメンね。出店準備もあと少しで全部終わりそう。来週末にはメドがつくと思うから、そしたらたっぷりデートしよう?」
「了解。待ってる」
短い返信だが、それが普通。光の性格を、新之助もよく知っている。絵文字のハートをちりばめさせたダラダラと長い愛の文など打ったことが無い。それでも伝わる。お互い早く会いたいと思っていることを。白と黒しかない画面の中から溢れ出す感情を。そういう絆が、あの日から確かに生まれたことを、光は感じていた。
パタンと携帯を閉じると、ポン、と頭を叩かれた。
賢吾だ。
「どうした?浮かない顔して。やっぱ寒みーから元気出ねーのか?暖かいの買ってきてやろうか?」
皮肉を言ったかと思えば、こうやって過保護なくらい甘やかす。くすぐったいけど賢吾の優しさに、心がほんわか暖かくなる。
好きだと、強引に身体ごと奪われた時の告白。あの日受けた衝撃よりも、こうやってじんわりと和み、時にふざけて笑うほうが、やっぱり馴染む。
「じゃあ暖かいの一緒に選びに行こうかな。賢吾に任せたらすごく甘いの買うでしょ」
「おう。ミルクココアにしろよ~。甘いものは頭に良いんだぞ」
「あはは! それ何回聞いたかわかんないけど」
サッカーで鍛えられた体躯。恵まれた長身。誰もが振り返る精悍で整った顔。それなのにかなりの甘党で、光がビックリするくらい甘いお菓子やジュースを好むこの男は、それをイジられる度に「甘いものは頭に良い、脳に良い」と切り替えす。
それが面白くて光は爆笑してしまった。
光くんがあんなに笑うなんて珍しい、とクラスメイトは囁いたが、そんな事すら耳に届かないくらい、次々と込み上げてくる笑いに飲み込まれていた。少しセンチメンタルな気持ちになっていたことなど、吹っ飛んでしまう。
「なー、ミルクティーだって甘いじゃん」
「ミルクティーは甘くても好きなんだよ」
「……矛盾してねぇ?」
二人が缶から啜るのは茶葉2倍の濃厚ミルクティー。ミルクのまろやかな甘さとダージリンの芳醇な香りが混ざり合い、身体を芯まで暖めてくれると同時に癒される。
「まー、いーけど。俺としてはもう少し甘くてもいいな」
「はいはい、角砂糖何個も入れる人はそうだろうね」
お決まりのやり取りをしながら笑いあう。この時期の屋上はハッキリ言って寒く、お喋りには向いていない。しかしそんなことも忘れるくらい、手に持つ缶が暖かく、気にならなかった。
「なぁ。最近あいつと会ってねぇの?」
「…いきなり核心突いてくるね」
「いや、だってそりゃ見てれば分かるっつーか…」
「そんなに俺ってわかりやすいの?」
「まぁ、少なくとも俺にとっては」
時折強い風が二人の横をすり抜けていく。木の枝が先ほど窓から見た時と同じように揺れている。暖かい場所から見れば淋しげに見えたその木々も、こうして同じ寒さの中で見ると健気に耐えているように感じた。人間もそうなのかもしれないと光は思った。同じ気持ちを共有するには、同じ場所に立たなければ分からない。
「あのさ、こんなこと相談するのどうかと思うんだけど…」
好きだ、と告白された手前、恋愛事を相談するのは正直躊躇われる。もちろん親友でいようとお互いが納得して今に至るわけだが、それでも無神経な気がした。
「んだよ、今更じゃん?ていうか光の力になれないほうが辛いっつーか…」
「いや、大したことじゃないんだけど、最近会ってなくて。えっと、彼…の仕事が忙しくて。今やってるお店の2号店出す準備とかで、バタバタしてるらしい」
正確にはあの日以降、お泊りできる日が無かった。2号店出店は前々から決まっていたのだが、業者の不手際など現場でのトラブルがあり、新之助が予定していたよりもずっとタイトなスケジュールになってしまっていた。
「そっか。だから何か元気なかったんだな。俺に出来ることなら何でも言えよ?」
「サンキュ。でも大丈夫、来週末には何とかなるらしいよ」
「来週かー……。久々に会うからって張り切りすぎて寝込むなよ」
「なっ…なに言ってんだよ!」
急に不躾な心配をされてミルクティーの缶を落としそうになる。
「あ、 ゴメンゴメン何言ってんだ俺は!!」
照れと焦りでソワソワしている光の横で、発言の当事者である賢吾本人が一番動揺していた。
「もー、焦りすぎ。親友なんだろ?俺達。寝込むことは無い…と思うけど、それよりも誕生日プレゼントどうするか悩んでてさ」
「あれ、2月なの?」
「そ、14日」
「バレンタインじゃん!」
大量のチョコやプレゼントの山に囲まれる新之助の姿が目に浮かび、また一つ、溜息が出た。制服の中で揺れるプラチナの存在を意識しつつ、ミルクティを口に運ぶ。ただこうやって何でも相談できるようになったことが、喜びとして光を勇気づけてくれた。
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