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四話
「光!今の時間のとこでちょっと聞きたいことが・・・ってオイ。」

光の席の前に座るなり、賢吾は真っ白なノートを指差した。

「お前、これ何だよー・・今日けっこうノート取ったと思ったけどなぁ。ていうか何もナシってあり?」
「あー、ちょっと考え事してたから。ま、大丈夫でしょ。」

誰のせいで、考え事が始まったのかと言いたいところだが、それを口に出すはずもない。

「もうすぐテストだぞ?光は何だかんだいって、要領よく点数取るからなぁ。俺が心配しなくても、大丈夫だと思ってっけど。」
「わかってんじゃん。家でサラッとやっとくからさ。」
少し嫌味っぽく微笑むと賢吾は、ハァーっとため息をついてから真っ白なノートの上に突っ伏した。

その時、爽やかな香りがフワッと鼻をくすぐった。


「いいよな・・・光は・・俺は毎回赤点覚悟でビクビクしてるってのに・・
サッカーばっかりやってっからかもしんないけど・・・」

突っ伏したままブツブツ文句を言っている。


「賢吾。今日なんかつけてたっけ?」
「ん?何?」

顔を上げた賢吾との距離が思いのほか近かった。
またさっきの良い香りが舞う。

「ほら、この匂い。何の香水?」
「あー、これな。姉貴がハワイ行ったから、お土産で買ってきてくれたんだ。
何か限定だとかで。俺も気に入ってんだよ。さっき鞄に入れっぱなしだったの思い出してさ、シュッと一吹きね♪」
「そっか。どーりで屋上では気づかなかったはずだよ。良い匂いだな。」
「サッカー部のイケメンって感じの爽やかな香りだろ?!」

急に調子付いてきた賢吾の横から、一人の美人がやってきた。


「賢吾!自分でイケメンとか言ってんの?!あ、良い匂いする〜!!」

賢吾の腕にしがみついてきたのは、有名雑誌の読者モデルもやっているギャル系美人。ロングのカールエクステが胸元あたりまであって、ふわふわと揺れている。

「れのん・・胸くっつけ過ぎだろ。」
賢吾の逞しい二の腕に、豊満なバストがギュッと当てられていた。

「あ、ゴメン、無意識!てゆーか、ホント良い匂いするよ。この香水賢吾のイメージにぴったり♪」

望月れのんはキャイキャイと持ち上げまくりだ。

まんざらでも無い様子の賢吾を見ていると、胸が苦しくなってくる。

比べたくなくても、比べてしまう。


自分には無いものを、彼女は持っている。



彼女が持っていないものを自分が持っていたとしても、それは賢吾にとって必要ないものだから。

自分が望むものに自分はなれないということを、まざまざと見せ付けられる。



ーーキーンコーンカーンコーン


「やべ、予鈴なっちまった!あと一時間かぁ〜、やっと部活行けるぜ。光、次の時間は頑張ってノート取ってくれ。で、俺に貸してくれ!」

暢気に微笑む賢吾を軽くあしらう。心は鉛のように重いのに。

「はいはい、気が向いたらね。」
「藤崎くんのノート、私も借りたいなぁ〜。」

れのんは賢吾の左腕に絡んだまま、自分の席へと戻っていく。
美男美女は並んだだけで絵になっていた。

ため息交じりにノートを閉じると、またあの香りがする。
賢吾の残り香が真っ白なノートに移っていた。
それを深く吸い込んで、最後の授業を受ける。窓からは優しい木漏れ日が差していて、もうすぐ暑い夏がやってくるのを告げていた。








――――終業式。長かった高校2年の一学期が終わった。

相変わらず、校則のゆるい学校だと思う。
全校生徒が集まっている体育館で、心底実感させられる。自分も他人のことを言えた格好じゃないことは、重々承知の光も、さすがにここまで多種多様な生徒が多いと、これでいいのかと疑問に思うほどだ。

今日は終業式、ということで、少し気合を入れてみた。
もちろんピアスはフル装備。最近お気に入りのヴィヴィアンのビンテージリングを左の人差し指にはめた。
シャツは指定のモノなど絶対着ない。夏だけど、半そでは嫌いだ。
グレーの長袖をチョイス。もちろんジャストサイズ。
ネクタイは指輪に合わせてヴィヴィアンにした。チャコールグレーにシルバーの糸で刺繍がされている。その上から、自分で詰めたブレザーを羽織った。



ちなみにスラックスも自分で詰めて、形も変えている。スキニーデニムまではいかないが、フィットするデザインに変更だ。光は華奢なので、ダボダボっとしたシルエットが似合わないと自分でも分かっている。
例え制服でも、それが嫌だったのだ。随分前からこうだが、他の生徒もさまざまな制服の着こなしをしているせいで、あまり目立つことも無い。


髪型はいつもと同じく重力に逆らってツンツンと上向き。真っ黒な髪に赤いメッシュはもう、光のトレードマークだ。

肌の白さが強調されると分かっていても、黒い髪が好きだった。


校長やら、生徒会やら、何かの役員やら、次々と話が続く。どうして学校で式、と称されるものは話が長いのだろう。光は最初からそれらを聞くつもりは毛頭無く、ipodから流れる音楽に聴き入っていた。

激しいドラムとエレキギターのビートが頭に響く。叫ぶような歌声が、目を閉じるとまるで自分の後ろで歌っているかのように思える。


光はただ、自分が好きな音楽を目を閉じて聴いていただけだった。

だが。前に立っていた男が、勘違いしてしまったらしい。

「光!大丈夫か?!俺が保健室連れてってやるから!」
「は?!」

目を開けた瞬間に、すでに光は逞しい腕の中に納まって、いわゆるお姫様抱っこされながら、全校生徒の横をすり抜けて、体育館を後にしていた。





「いやぁ〜スマンスマン!!早とちりとはねぇ〜・・」
保健室のベッドに腰掛ける光に、向かい合って丸椅子に座る賢吾は申し訳なさそうに頭を掻いた。式に総動員されている教師の中に、保健の教諭も入っているらしく、二人きりの室内。

「俺ってそんなに貧弱そうに見えるのか?賢吾みたいに、鍛えてないけど、俺だって一応男なんだからな。そこまで弱っちく見えるなんて・・はぁ。」

「や!別に弱っちいとか思ってないって。さっきは、校長の話つまんねーよな〜って光に言おうと思って振り向いた瞬間、お前、目閉じててさ。顔は真っ白だし、少し揺れてるし、絶対貧血だと思っちまっただけ。」

「・・嫌味かよ?元々こんな顔ですけど。白くて悪かったな。揺れてたのは、音楽聴いてたから自然とそうなってただけで。」
「あ・・もぉー・・ゴメンて。」

シュン、となってしまった賢吾に見かねて、光は声色を和らげた。

「まー、抜け出せたのは良かったし。心配してくれたのは嬉しいよ?」

本当は抱きかかえられたその時、心臓が飛び出そうなほどドキドキしたし、近すぎる体温をもっと知りたくなって、背中に腕を伸ばしそうになった。


してはいけないと、頭が警鐘を鳴らして思い留まれた。
危うく、体だけが暴走するところだった。そんな想いを賢吾は知らないから。



「あー、やっと笑った。今日で一学期終わりだろ?最終日にこんなんでケンカとか嫌だし。あーホッとした。この夏はさ、部活無い日、色んなとこ行こうぜ?インドア派には辛い季節だけどよ。」

半そでのポロシャツをサラリと着こなすスポーツマンはブレザー姿の光に告げる。
「そうだな。じゃあ俺、行きたいところあるんだけど。」
「なになに、どこ?!」
「富士ロックフェスティバル。」
「お、いいね!」

夏休みの計画を楽しげに語りだす賢吾を、光は目を細めて無意識にじっと見つめていた。
その視線の熱さが伝わったのか、パチっと目が合い、賢吾はパタリと話を止めた。

「?どうした?」
光のほうが、賢吾の突然のだんまりに疑問を投げかける。


逆光で少し影ができた精悍な顔が、急に真剣な表情になった。
ベッドに腰掛ける光に、ゆっくりと近づいてくる。

スッと伸ばされた指が、光のぽってりした唇に触れた。
遠慮がちに触れられた唇は、震えてしまっている。
何が起こっているのか。困惑と期待の狭間で、身動きが取れない光はただ、じっと賢吾を見つめることしか出来なかった。




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