ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
警告   この作品は<R-18>です。 18歳未満の方は移動してください。
三十三話
 一台のタクシーに二人は乗り込んだ。行き先は新之助のマンションだ。


体を寄せ合いながら、夜の街を走るタクシーの心地よい揺れに光の瞼は重くなってきていた。チラリと新之助に視線を向けると彼もまた瞳を閉じている。


長時間のフライトで疲れているのだろうと思い、光は新之助に自分の肩を差し出した。



「新之助、俺の肩使って?」
「ん、いいの?」
「うん。疲れたでしょ、少し休んだほうがいいと思う」
「じゃ、お言葉に甘えて…」


コテンと彼の頭が肩に乗せられる。その重みが愛おしく感じられて光も瞼を閉じた。心地よい揺れに身を任せると自然に睡魔がやってきた。






ウトウトと浅い眠りに包まれながら、いくらか進んだ頃だろうか。光の携帯が鳴った。



マナーモードにしていても分かるコールの長さ。誰からだろうか。この体勢を崩すのは嫌だったが、新之助もすでに電話に気付いてしまっていた。


「光、大分楽になったし、電話出たほうがいいよ」

体を起こした新之助が鳴り続ける携帯に出るようにと勧めて体を起こした。


「うん、ごめん。せっかく寝てたのに」


気にしてないよ、と彼の優しい笑顔が語っていた。目線で促されるまま、光はポケットから携帯を取り出した。



光は画面を開いて目を見開いた。


着信は母からだった。以外な相手に一瞬ためらったが、通話ボタンを押した。



「あ、光?やっと繋がったー…アンタ今どこにいるの?」
「あれ、何か声おかしくない?」

光は質問には答えずに、自分が感じた疑問をぶつけた。


「そうなのよ…お母さん風邪引いちゃったみたいなの…もしかしたらインフルエンザかもと思うと…一人じゃ不安だからあんた一回帰ってきてくれる?」


ゴホゴホと時折咳交じりに話す声はいつもの溌剌とした母ではなかった。
明らかに弱っているのが声から伝わってくる。


「あー…分かったよ、病院まだ行ってないんでしょ?うん、じゃあ明日の朝一で行こう。これから帰るから、何か欲しい物とかある?…了解、多分後1時間掛からないくらいで着くと思うからちゃんと寝てなよ」


ピッとボタンを押して通話が終了すると、光は深いため息をついた。


「お母さん、体調崩したの?」

どうやら会話の内容から察したらしい新之助が心配そうに聞いてきた。

「…うん。ゴメン、今日は家帰る。本当は…新之助の所に行きたいけど…うち母子家庭だし、普段弱いところ見せない母親だからよっぽど辛いんだと思うんだよね…」


「謝る必要なんて無いだろ?こういう時にはしっかり親孝行しないとな」


申し訳なさそうに俯く光のおでこに新之助はチュッと口付けた。そしてギュッと抱き締めると運転手に行き先の変更を告げた。幸いまだどちらの家からも中間くらいの場所だったので時間のロスは無さそうだった。











 閑静な住宅街の一角で光と新之助はタクシーを降りた。マンションの前ではなく、近くにあるコンビニに来ていた。

「やっぱり熱出てるなら、ポカリとか買ってったほうがいいよね、あとゼリーとかなら食べる元気あるかな」

「そうだね、水分補給しっかりしたほうがいいと思うから、この辺片っ端から買ってこうか」


スポーツ飲料の500mlボトルを5本も手にとってカゴに入れる。フルーツの入ったゼリーやら栄養ドリンクなんかも新之助はポンポンとカゴに入れていった。

「とりあえずこれでいいかな」

そういうと、さっさと自分で会計してしまう。


「あ!いいよ、それうちの母親のだし」
「いーって。それより光、ちゃんと優しく看病してあげなよ?」
「うん…」
「重いだろうから、マンションのエレベーターまで持ってくね。お母さん自宅に居るなら、鉢合わせする心配は無いだろうし」

「何かいっぱい気使わせちゃって、本当ゴメン」

「気にしないで。看病が終わったら、じっくり堪能させてもらうからね、随分溜まってるからなぁ〜優しくできるか保障できないけど…嫌とは言わせないよ?」


余裕たっぷりに微笑む彼に心臓がドキドキと波打つ。

今夜、愛し合う機会が失われたことは残念に思う。でもあのことを告げるという試練が遠ざかった事実は光を少しホッとさせていた。




マンションのエントランスに着くまでは。





光と新之助は並んで歩きながら、右の角を曲がった。もうマンションの敷地が見えてきている。綺麗に管理された植木が街灯に照らされているその歩道脇に、見覚えのあるバイクが
停められていた。





――まさか。




そう思って敷地に足を踏み入れた途端、暗闇を切ってエントランスから漏れる明るい光に照らされて、自分と同じ学校の制服を着た男が立っていた。







――賢吾……!!





心の中で叫んだはずなのに、ゆっくりと彼は振り向いた。