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二十九話
 熱い紅茶を一口飲む。柔らかなリーフの香りが心を穏やかにしてくれる気がした。

「賢吾…まずは俺の話を聞いてくれる?」
「お、う。もちろん聞くけど…あのさ、お前…体大丈夫か?って俺が言うのもおかしいけどよ…」

カチャカチャといつまでも紅茶を混ぜている賢吾は、一度合わせた目線を下げてしまう。

「大丈夫だって」
「そうか、よかった…光の話、ちゃんと聞かせてくれ」

頭に血が上った状態ではなく、しっかりと定まった心でお互い話し合う。ずっと隠していた気持ち。伝えてはならないと思っていた心。今、それを残さず打ち明けるときなのだと光は思った。


「俺が賢吾のこと…好きだと思ったのはずっと前から。もう最初に出会ったころからかな。クラス替えで人見知りしてた俺の世話焼いてくれるお前に惹かれていった。どんどん心の中で、大きくなって。頭の中を支配するみたいにいっぱいになっていった。親友だって言ってくれた時も…俺はもっと深い欲みたいな物を欲してた。でも、好きだと認めるのが辛かった。絶対に手に入らないと思ってたし、太陽みたいにキラキラしてる賢吾を、こんなドロドロした感情に巻き込みたく無かったから」


ここまで話すと、また一口紅茶を飲んだ。賢吾の方を見ると、ジッとこちらを見据えている。真剣な眼差に真っ向から挑むように、光も賢吾を見つめ返した。


「光…俺の話も聞いてくれるか?」


先に目線を逸らしたのは賢吾だった。角砂糖を三つも入れた紅茶を啜り、光の答えを待つ。


「うん、もちろん聞くよ。聞かせて欲しい」

「そうか、よかった…俺は、何時から好きかはハッキリ分かんねぇ。最初はほっとけないヤツ、と思ってた。光はほっときゃ昼メシもロクに食べないで寝てたりするし、そういう所とか心配だったりしてさ…お前よく、屋上で昼寝してんだろ?日陰のところ選んでさ。お前は知らないだろうけど…探しに行く度に、寝てるお前に何度キスしたいと思ったか…あ、悪い…引いたか?」


正直に気持ちを打ち明けてくる賢吾に、光は面食らう。


「いや、引いてはいないよ…ちょっと照れただけ」

「そ、そうだよな、ごめん、でも俺の本心はそんなとこだ。お前のこと見る自分の目線がおかしいって思った。その…女見るみたいに、お前に、触りたいとかそういう気持ちがあって…悩んだよ。光は男だし、そんな風に思われてるって知ったら俺らの友情とかって…無くなるだろうな、とかさ」


ベッドの上で嫉妬や欲情に煽られて発せられた、独占欲の塊のような言葉とは違い、賢吾は心の葛藤をポツリポツリと打ち明ける。かみ締めるように、自分にも問いかけるような落ち着いた語り口調だった。


光は驚きを隠せない。快感に揺すられて朦朧としながら聞いていた言葉とは違い、きちんと頭に流れ込んでくる言葉。



賢吾も、自分と同じ葛藤を心に隠していた。お互いに打ち明けることなく、過ぎてしまった想い。



「だから、れのんと付き合った。光にも…誰でもいいから彼女ができたらいいと思った。海に誘ったのも、桜井が光のこと気になってるみたいだったから、いい機会だと思って。もしそれで付き合ったりしたら、お互い彼女ができて、彼女同士も友達で…四人で遊んだり…そういう普通の親友に、なれると思った」

「うん…」

痛いほど分かる想いだった。

こんなにも、彼が自分を想ってくれていたなんて。皮肉にも、お互いが気付かせないようにしていたなんて。



秘めた思いを、打ち明けていたらどうなっていただろうか。賢吾に触れられて喜んだ体。そうされることを望んでいた。でも絶対に届かないと思っていたからカラカラに渇く心を、体を、満たしてほしくて差し出された両手に縋った。今、目の前で自分を好きだと告白する彼の、代わりに仕立て上げた人。



――新之助、あんなにも焦がれた人から好きだと告げられても、やっぱり俺は今、貴方に会いたい。いつの間にか代わりの利かない存在となっていたのは、貴方だった。



「賢吾…ありがとう、好きになってくれて。俺もお前のことが好きだった。始まってもいないのに、過去形になるのは…何だかおかしいね。でも俺は今、かけがえの無い人を見つけたんだ、その人の事、心から好きだと言えるから」


「おう…そうだよな。分かったよ。でも俺は、しばらく光のこと忘れられそうにない、かな…あ、実は今日れのんと別れたんだ」

「え?!何で?!」
「他に好きな人がいて、忘れられないって言ったらビンタされたよ、でも泣かれるよりよかったかな」


ははは、と苦笑いする賢吾は少しバツが悪そうにしていたが、それで合点がいく。学校での望月の様子はいつもと違ったからだ。彼女は気づいているのだろうか。賢吾の気持ちが誰に向いていたのかを。


申し訳ないような、そんな気持ちになりながら光はまた紅茶を一口飲む。随分ぬるくなっていて、二人が長い時間をかけて話していたことを証明していた。



「賢吾、俺今日のこと絶対忘れられそうに無い」
「光…本当に、マジで俺、最低だよな…忘れてくれって言ってもあんなことしたんだ、俺のこと…」
「そうじゃなくて!」

うなだれる賢吾の言葉を遮って、光は主張した。


「俺にとって、お前は眩しい太陽みたいなんだって、言っただろ?眩しくて、手を伸ばしても目がくらんで見えなくなりそうだった。そんな人から、自分を求められたこと、忘れることなんて出来るわけないじゃん」


光は、最後の紅茶を飲み干し、綺麗な目を細めて笑った。まるで眩しい陽射しに目を細めるように。その笑顔に、賢吾の中で塞き止めていた何かが溢れた。


「…こっち見んなよ」

「ん?どした?…あ…泣いてんの?」


立ち上がってソファの後ろへ移動した賢吾の顔を覗き込むと精悍で凛々しい彼の、日に焼けた肌を伝う一筋の涙が見えた。


「…見んなって言っただろ」
「いいじゃん、親友だろーが」
「じゃあさ、親友の肩かりていいか?」
「もちろん」


ギュッと抱き寄せられると、肩口に賢吾の熱い息がかかる。光はそのまま彼の背中に手を伸ばし、トントンとあやすように叩いた。




許しを請う子供のような、そんな抱擁。


すべてを浄化するような涙が、光の肩口を濡らした。









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