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終章『再起』
「さ、香蘭様。お支度を」
家人の手を借り、香蘭は花嫁衣裳を着付けていた。
今日は、華玲の成人の儀式の日である。
彼はもうとっくに十八歳になっていたのだが、男として成人の儀式はしていなかった。
このため父、仁栄のはからいで、彼の成人の儀式が行われることになったのだ。
『泰家の跡取りが、成人の儀式なしとはいただけない。盛大に執り行い、皆にお披露目せねば』
突然華玲が男だったと打ち明けられ、仁栄も目を回したが、冷静に考えてみれば喜ばしいことである。
念願の跡取りが、やっと出来たのだから――。
まさか今まで女装してましたと言うわけにもいかず、幼い頃から隣国に遊学に出していたことにして、体裁を繕った。
華玲姫は一応上州で入水したことになっているし、丁度良い。
(死んだことにしないといけないって、こういうことだったのね)
香蘭は、今更ながら納得した。
彼女は幸せそうに鏡を見る。
そこには可愛らしい花嫁が、姿を見せていた。
華玲の儀式と共に、今日は婚礼も執り行われることになっている。
香蘭の出生は明かせないが、ずっと若君の側に仕えてきて見初められた下流貴族の姫、という風に戸籍を作り、本日結婚することにしたのだ。
二人の結婚には仁栄は渋い顔をしたが、華玲が『香蘭を妻に出来ないのなら、自分は男に戻らない』と泣き落とし、何とか認めさせてしまった。
(ほんとにもう強引なんだから)
彼の、絶対に香蘭を離さない、と強く父に迫った言葉を思い出し、胸が熱くなる。
(でもあたし、本当にいいのかな)
なんといっても彼女は罪人だった身。
真実を知られたら、彼も泰家もただではすまないだろう。
でも華玲は、そんなこと……と笑って、彼女を抱きしめてくれた。
『あたくし、正直これからどこまで男として生きられるか、自信がありませんの。あなたが側にいて、いろいろ教えてくださいな』
そうささやいてくれる彼の優しさに、ついつい甘えてしまって――。
香蘭は、鏡をもう一度見つめた。
今までとは似ても似つかぬ自分がいる。
(でもこれが本当のあたしなのかも)
偽らぬ姿。
いつか兄に言われた言葉が、彼女の中によみがえってきた。
『お前は女として生まれたのだから、女としての幸せをつかむのが、一番良いことなのだよ』
(お兄様)
香蘭はそっと目を上にあげ、姿のない兄を思った。
(お兄様もきっと祝ってくれますよね。あたしが女の子としての幸せをつかむことを)
上州を守ることは出来なかったが、魁家の血筋は守ることが出来る。
いつか時がくれば、天より許しがいただけて、故郷を取り戻すことが出来るかもしれない。
新たな希望を胸に灯し、香蘭は鏡の中の自分に微笑んだ。
成人の儀式を済ませ、華玲は衣裳部屋に直行した。
「あせらなくても香蘭様は逃げたりしませんわよ」
横についている瑛良の声など耳に入らない。
早足で衣裳部屋の扉を開け、彼は中に入る。
そして、思わず立ちどまった。
「……華玲……様?」
香蘭が、頬を染めながら振り向いたのだ。
その愛らしい姿に、彼の心臓は高鳴る。
(――本当に可愛いこと)
見つめられ、香蘭は恥ずかしげに俯いた。
「その、どうかな? あたし、変じゃない?」
「……」
「以前のあなたに比べたら、あんまり美人じゃないと思うんだけど」
つぶやく声に、華玲はくすっと笑い、彼女の側に寄る。
「とっても可愛いこと。あたくし、嬉しいわ」
「ほんと?」
「こんなに可愛いあなたが、今日からあたくしのものになるんですから」
ばっと頬を染める少女を、くすくす笑いながら華玲は豪華な衣装共々抱きしめた。
「もう、真顔でそんなこと言わないで……」
「あら、あたくし、からかってなんかいませんよ」
本当にあなたは可愛いんです、と耳元でささやかれ、香蘭は恥じらいながら彼の胸に顔をうずめる。
「ね、それよりあたくしは? 少しは男みたいですか」
「うん。とってもかっこいいよ」
「良かった」
ほっと安堵した彼を感じ、香蘭は若葉色の瞳で優しく見つめた。
指先を伸ばし、黒い髪に触れる。
「あたしのために、あの綺麗な髪を切ったのよね」
「短いのは嫌いですか」
「ううん、そんなことない」
微笑むと、香蘭は彼の耳にささやく。
「大好き」
だってあなただもん、と照れながら言う少女を、華玲はまた強く抱きしめる。
「そうそう、あたくし、名前を変えましたからね」
「え?」
「華玲じゃまずいでしょう。女のときの名なんですから」
そう言うと、彼は香蘭の耳にそっとささやいた。
「華竜?」
「そう。あなたが男だったときの一字をいただきましたわ。これはね、あなたと一緒に生きていくという、あたくしの気持ちです」
「華竜……様」
「あたくし、きっと立派な領主になって――いつか斗信の野望を打ち砕いてみせますわ。あなたがそう目指したように」
華玲は香蘭の手を取ると、真摯な瞳で彼女を見つめた。
「あたくしと一緒に、あなたも戦ってくださいますね、香蘭姫」
見つめ返す香蘭の目に、感激の涙が宿る。
「……はい」
震える声で返事を返し、彼女は愛しい人に最高の笑顔を見せた。
「さ、行きましょうか」
皆、待っていますよ、と華玲は香蘭の手を優しく握る。
(新しい出発だわ)
香蘭は、胸いっぱいに幸せな思いをふくらませた。
(今日からは、あなたと一緒に――)
もう秘密に縛られ、孤独を抱えて歩むことはない。
愛する人と共に新たな人生を戦い抜くのだ。
嘘偽りのない本当の自分として。
春の薫り高い風に包まれて、二人は今、新たな一歩を踏み出した。
――未来に大きな夢と希望を掲げながら。
<終わり>
こんにちは。
きつねこぶたです。
『空蝉の恋』全章が終了しました。
長い間、お付き合いくださいました皆様に、心よりお礼を申し上げます。
本当にご愛読ありがとうございました。
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