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第八章『思春』二
 居間はいつもと違い、どこか冷め切った場所のように思えた。
(華玲姫)
 結局またここに戻ってきて、椅子に座り、光竜は彼女を思う。
 今、この部屋には彼しかいない。
 華玲は光竜を居間にとおすと、衣を改めると言って衣裳部屋に入っていったし、愛利も厨房でお茶の支度をしていた。
 所在投げに深く座り、光竜は室内を見回す。
 いつもと変わらぬ家具調度、華玲が来る前から置かれていた飾り物や掛け軸。
 普段訪れるときは、この居間がとても明るく、もっと華やいでいた気がする。
 室の内装が特に変わったわけでもないのに、ここに住まう人の雰囲気が移り、楽しく温もりの感じられる場所だった。
 なのに今日は――。
 華玲はまだ現れない。
(いつもはそう待たせないのに、どうしたのかな)
 光竜は彼女を待つ一分一秒が長く感じられてしかたがなかった。
 でも待っていれば彼女は来る。
 もうすぐ自分の前に、儚くも美しい微笑みを向けるはず。
 その時が目の前に迫っているのをひしひしと感じ、光竜の心は鉛のように重くなった。
(いっそこのまま会わないで、帰った方が良かったりして……)
 そんな想いが胸の奥で渦巻く。
 これから華玲が話そうとする内容を思うと、彼はこの場から逃げ出してしまいたいくらいだった。
(あたしとなんとしても別れたくないって、すがりついて懇願されるわ。きっとそうよ)
 そうなったとき、自分はどうすればよいのか。
 もうこの間のように、心奪われている場合ではない。
 心配する母の心情を思うと、ここでけりをつけなくてはならないだろう。
(そんなことが、今日のあたしに出来るの?)
 いつもは領主としての使命だ勤めだ役割だと割り切って出来るのに、何故か華玲がからむと心が落ち着かない。
 どうしても迷いと心の乱れが生じ、思うように話したり行動したり出来なくなってしまう。
(姫と対峙して、あたしの考えた通りに事が進んだことは一度もない。だから――)
 はっきりいって自信がなかった。
(雄那様に感じる想いを恋だというなら、華玲姫に感じる心情は何なのかしら)
 光竜は自問する。
(姫は、あたしにとってどういう存在なの? 友人? これが友情というものなの?)
 わからない。
 だがどうも友情というだけでは納まりきらない感じがする。
 思い惑うこと数分。
「お待たせしましたね、光竜様」
 ついに華玲が美しい姿を居間に現した。




 向き合って座る。
 また少しの間、沈黙が続いた。
(大事な話って……)
 光竜は顔を曇らせる。
 何と話しかけてよいかわからない。
 いや、言葉を交わし始めたら、涙ながらに懇願されるかもしれない。
 ――どうしても帰りたくないと。
 そう思ったら、このまま何も言わずに時が過ぎて欲しいとさえ感じる。
 でもやはりそういうわけにはいかなかった。
 沈黙を破ったのは、光竜ではなく華玲である。
 困った顔の彼を見て、、彼女は優しく微笑んだ。
「そんなお顔をなさらないで。あたくし、辛くなりますわ」
「……」
「あなたを苦しめたくありませんの。でもその表情はあたくしのせいね。困ったこと」
 華玲は真っ直ぐ瞳を上げて、光竜を見つめる。
「あたくし、決めました。これ以上あなたを困らせるわけにはいきません」
「姫」
「行州に帰ります」
 華玲は静かにそう言った。
 光竜の顔が驚きに変わる。
 信じられないと、若葉色の瞳が揺れた。
 華玲は、わざと明るい声で話しかける。
「あら、今度は驚いた顔をなさって。どうなさいましたの?」
「い、いや、別に……」
「あたくしが駄々をこねて帰らないと思っていらしたのね。そこまでおろかではありませんわ」
 紅を塗った口元がかすかに歪んだ。
 小さな笑みを浮かべ、華玲はぽつりとつぶやく。
「わかっていましてよ、光竜様。今日、本当はあたくしに別れを告げにいらしたんでしょう」
 光竜は俯いた。
 何と言って良いかわからない。
「ほら。もうそんな顔をなさらずに笑ってくださいな。あたくし、最後にあなたの笑ったお顔が見たいのです」
「姫、その」
 光竜は、ためらいがちに問う。
「あなたは、それでよろしいのですか」
 思わず口から出てしまった問い。
 自分で聞いておきながら、光竜自身も驚いてしまう質問だった。
(あたしの馬鹿っ。何聞いてるのよ)
 もしここで良くないと言われでもしたら、どうしたらいいのだ。
 自分で自分の首を絞めるようなものではないか。
 あせって姫を窺うと、すべてを包み込むような暖かいまなざしが返ってくる。
「ええ。もうここにいるべきではありませんから」
 寂しそうにつぶやかれた答え。
 光竜は彼女の横顔に胸がきゅっと痛くなる。
 これ以上華玲を見ていることが辛い。
(姫……)
 自分が情けなくてしょうがなかった。
 いつもそうだ。
 自分が彼女を想う以上の気持ちで、華玲はどんな時も光竜の事を考えてくれる。
 すべてをかけて愛し、尽くして、決して見返りなどいらないと笑う。
(あなたの側にいられれば、それだけでいい)
 微笑みを絶やさず、暖かなまなざしで彼を慰め、励ましてくれる優しい人。
 今だって本当は彼から言わなければいけない言葉を、華玲は察して自ら身を退いた。
 口に出すことをためらっている光竜の心情を、よく理解してくれたのだ。
 それが彼女にとって、心から辛いことであるというのに。
 最後まで何も出来なかった、こんな自分のために――。
(もう駄目。限界だわ)
 光竜は立ち上がる。
 これ以上、ここにいられない。
 心と体に熱い情が満ち満ちて、溢れてしまいそうになる。
 彼は震える声でやっと言った。
「姫、あなたには本当に申し訳ないことをしました。どうぞお許しください」
「そんな風におっしゃらないで。勝手に押しかけたのは、あたくしなのですから」
「行州にわたしから文を出しましょう。そして姫をお送りさせていただきます」
「あら、そんなお手間は取らせませんわ」
 当然の申し出に、華玲は意外な反応をみせる。
「あたくし、支度が出来次第ここを発とうと思いますの。文もお送りもけっこうです」
「そんな」
 光竜は驚いて声をあげた。
「せめてそれくらいさせてください。あなたを家人と二人だけで行かせるなんて出来ません。信用のおける官をつけて、ご実家までお送りします」
 自分に出来ることはそれぐらいしかない。
 だからせめてそれだけでもしてあげたい。
 そう思う彼の気持ちは、華玲の柔らかな声で打ち切られた。
「いいえ、もうこれ以上、あなたをわずらわせたくないのです。静かに、あたくしをそっと行かせてくださいませ」
 華玲はそう言うと、自嘲気味に微笑む。
「これだけはどうかあたくしの思うようにさせてくださいな。我儘から一人で上州に来てしまいました。帰りだって一人で帰れます」
 一人で去る。
 彼女の意思は強く、決して折れないことを感じさせた。
 反対する理由はない。
 彼女がそれを心から望むのならば。
 光竜は目をつぶり、思案する。
 辛そうに顔を歪めて、やっと返事を返した。
「わかりました。姫の仰るとおりにいたしましょう」
 最後まで自分はこの人に何もしてあげられなかった。
 無念とでもいうべき心情が、彼を締め付け、苦しめる。
 想いに縛られ、身動き出来なくなった光竜に、華玲の声がかかった。
「では、これでもうお別れですわね」
「……」
 本当はその場に打ち崩れてしまいたいくらい苦しいだろうに、わざと冷静な態度で華玲は臨む。
「あたくし、これから出立の準備をしますわ。あなたもお戻りにならないと。まだ執務がございましょう」
 華玲は立ち上がると、なんでもない風に笑って彼をうながした。
「お行きください、光竜様。あたくしは大丈夫ですから」
 その言葉を聞き、光竜は我慢できなくなって背を向ける。
 自分は彼女と違い、相手を気遣ってわざと落ち着いた態度を取ることが出来そうもない。
 光竜は静かに華玲の前から立ち去った。
 小さな声で、ごめんなさい、と一言だけつぶやいて――。




 光竜が去った居間に、また静寂が戻った。
 華玲は崩れるように椅子に座り込み、こめかみを押さえる。
 その肩が震え、悲しみを押し殺しているのが嫌でも後ろからよくわかった。
「華玲様、その……よろしいのですか」
 愛利は恐る恐る訊ねてみる。
 ここ数日、主の思いつめた表情に合点がいかなかったが、どうやら光竜との別れを決意したようだ。
(まあ、そうよね。どんなに美しくたって華玲様は本当は男。光竜様に本気で惹かれるわけないしね)
 結局今まで華玲が見せていた態度は演技に過ぎない。
 すべてはここに留まるための仮芝居なのだ。
 愛利はそう思い、ふうっと肩から力を抜く。
(ついに帰宅か。思ったより長かったわね)
 光竜の屋敷で何があったか知らないが、この芝居を続けていくのが難しくなるような事態に陥ったのであろう。
 ゆえに華玲は安住の場所であったここを放棄し、帰宅する決心をしたのだ。
(これからのことを思って、気落ちしていらっしゃるんだわ)
 愛利は身を震わせている華玲を、痛ましい瞳で見守った。
 確かに今後のことは気にかかる。
 実家に帰れば、きっとまた縁談話に責められて、華玲は息もつけなくなるだろう。
 どんなことがあっても結婚させたいと考えている父の元では、彼女の将来など霧中の絶壁にいるようなものだ。
(ここを出て行ったら、またきっと――)
 先を慮ってため息をつく愛利に、華玲はやっと反応する。
「良いも何も、そろそろ潮時のようだわ」
「そうですか」
「これ以上ここにはいられない。あたくしだってどうにかなってしまいそうよ」
 華玲はそう言うと、立ち上がった。
 物思いに沈む時間は、どうやら終わったらしい。
 思ったより強気の声で、彼女は愛利をせかした。
「さ、準備をしなくちゃ。あんたも手伝ってね」
「はい」



 光竜は体を引きずって、自館に向かった。
 執務室に戻る気にはなれず、彼は無言で寝室に入り、鍵をかけてしまう。
 友美が不思議そうに扉を叩いたが、光竜は一人にして欲しいとだけつぶやき、寝台に身を投げ出した。
(終わったのね)
 全身から力が抜ける。
 と同時に今まで堪えていた涙があふれ出し、頬を濡らした。
 頭の中がぐちゃぐちゃで、何故泣いているのか、何に対してこんなに悲しいのか、自分の心がよくわからない。
 でもただ泣きたい。
 今はとにかく胸の中に痞えた想いを、すべて涙で出してしまいたい。
 光竜はそんな衝動にかられ、思う存分泣き続けた。

 
 


 華玲は寝室の中の私物をまとめて、荷造りをはじめた。
 しかしその作業は、思うようにはかどらない。
 一つ物を手に取るごとにため息と物思いに沈んでしまい、支度は一向に進んでいなかった。
(どうにかなってしまいそう……か)
 さっき愛利にもらした本音。
 まだ心の中に燻って消えずにいる熱い恋慕の炎。
 それを必死に沈静しようと、彼女は自らの心と戦っていた。
 光竜が恋しくて、どうしても彼を他の男のところになど行かせたくなくて――思い余って手段を講じてしまうかもしれない自分の心。
 それを思うと、心底恐ろしい。
 正直ここ数日、ずっと思っていた。
 心の奥で何度も実行してしまったほどだ。
(光竜様をどこかに攫ってしまいたい。誰もあたくしたちのことなど知らない所へ)
 それはそう難しいことではないように思えた。
 彼が訪ねてきたとき、茶の中に一服盛って眠らせる。
 そしてあらかじめ用意しておいた馬車に彼を連れ込み、外出を装って州城を出てしまえばよい。
 あとは他州でもどこでも二人のことを知らない土地に行きさえすれば――。
 華玲が所有する装身具や衣だけでも売れば相当な値打ちになるし、慎ましく二人で暮らしていけるだろう。
 もちろん光竜は州城に戻ろうとするだろうが、彼の秘密を知っている華玲は州城へ帰す気などさらさらなかった。
 どうせいつか光竜の嘘がばれる日は来る。
 そうしたら彼は必ず極刑に処され、命を失うだろう。
 それを思えば自分と二人、何もかも捨てて普通の少女として生きる方がどんなに良いか。
(あたくしがどんなことをしても守ってみせる。あの方を必ず幸せにするわ)
 そこまで考え、彼女ははっと妄想から冷めた。
(なんてことを考えたの? あたくしは――)
 一瞬の儚い夢。
 実際に実行するなど不可能だと、身に沁みてよくわかっている浅はかな策。
(これを本当に決行したら、光竜様に恨まれてしまうわ)
 無理やり自分のものにするなんて、なんて愚かな望みを抱いたのか。
 彼の気持ちを無視して、我が侭を押し通そうとするなんて。
(これではあの方を不幸にするだけよ。たとえ少女に戻って静かに暮らしても、光竜様は上州を忘れない。あたくしが連れ去ったら、きっと良心の呵責にあえぎ、苦しみながら生きることでしょう)
 何より彼には想う人がいる。
 その人に会いたいと願い、悲しむだろう。
(今、あたくしがお側を離れる苦しさで気が狂いそうになっているのに――あの方に同じ苦しみを味わわせるわけにはいかないわ)
 たとえ一生別離の悲しみに、泣いて過ごすことになったとしても。
 遠くからいつまでも彼の幸せを祈り続ける。
(あたくしではあの方を幸せには出来ない。悔しいけれど、これが現実。いい加減あきらめなくては)
 未練がましく燃え上がる情熱を必死に押さえ、華玲は手を動かして荷造りを続けた。
  



 夕暮れの風が、辺りを涼やかに通り過ぎる頃合になった。
「さ、行きましょうか」
「は、はい、華玲様」
 馬二頭が、静かに城門を出て行く。
 帰宅するとは思えない軽装だった。
 荷車も荷馬車もない。
 被り布をしっかり被った姫君と供の二人を見て、城門に詰める警人は、ただの散策だろうと思い、笑顔で送り出してくれた。
「あの、華玲様。これでよろしかったのですか」
 馬で州境までの道を進むこと数刻。
 愛利は我慢しきれず、華玲に語りかける。
「衣も帯も耳飾りまで――ほとんどの物を置いてきてしまいましたけど」
「いいの。あとは光竜様が整理してくださるでしょう」
「でもその光竜様に挨拶もせずに」
「別れの言葉ならさっき交わしたわ。これ以上お互いに名残りを惜しんでも、光竜様の心を苦しめるだけよ」
 たった一筆の置手紙を残し、華玲は州城を去った。
 これ以上彼の心を煩わせるつもりはない。
 愛利は華玲のきっぱりとした返事を受け、納得してそれ以上の質問は控える。
 でも彼女は何も知らなかった。
 己の主の心の中に吹き荒れる、未練と哀別の苦しみに悶える豪雨を。
「さあ、少し急ぐわよ」
 華玲の強い声に、愛利は馬の手綱をしっかり握る。
「日が落ちてしまったわ。早く州都を出て、どこでもいいから町に入らないと、今夜は道端で野宿になってしまう。行くわよ、愛利」
「はい」
 二人は馬に鞭を当て、夕闇がせまる西空に向かって颯爽と駆けていった。




 友美が夕餉を準備する頃、光竜はようやく寝台から身を起こした。
 泣きつくした目は見る影もないほど腫れ上がり、編んだ髪はほつれてぐしゃぐしゃになっている。
 散々泣いて、ようやく落ち着いた。
 思考する力も戻ってくる。
 彼はこれから成すべきことを考えた。
(やはり行州に文を出そう。姫のご帰還を知らせなくては)
 知らせる必要はないと華玲は言っていたが、二人きりで静かに去るとはいっても、先方に通達することぐらい余計なおせっかいではないはずだ。
 むしろ一言もなく、姫だけを一人追い出すように帰すのは失礼に当たるというもの。
(姫はいいっていうけれど、やっぱり心配だから密警人を手配して道中護衛させた方がいいわね)
 贅沢な衣に身を包んだ貴族の姫なんて、格好の追い剥ぎの的となってしまう。
 賢く気丈な彼女のことだから、いろいろ配慮して故郷まで帰るだろうが、女性の身で困ることもあるだろう。
(善慈に頼んで、行州までついていってもらおう。彼なら城内で一番腕もたつし、信頼出来る。ちゃんと姫を送り届けてくれるわ)
 そう思いつき、光竜は寝台から降りて、窓辺に寄った。
 黒い雲の隙間から、月がおぼろな姿を見せている。
 弱い光に照らされた庭は寂しそうで、とても明るい春を待っているとは思えなかった。
 震える指で窓のかけ布を引き、外の景色を隠そうとして、光竜ははっとする。
 玄関に誰かの影を感じたのだ。
(誰?)
 こんな夕刻に訪ねてくるとは、よほど大事な用なのだろう。
 目をこらしてみると、整った顔立ちが暗闇に浮かぶ。
(雄那様?)
 光竜の目が大きく見開かれた。
 驚いて窓から様子を伺う。
(どうしてこんな時刻に来られたのかしら)
 斗信の一件が解決してから、夜に雄那を自館へ呼ぶことはほとんど無かった。
 昼間は誘いに来てくれるので、二人であちこち出かけたり、お茶を飲んだりしたものだが、夕刻にわざわざ訪ねてくるなど余程の一大事としか思えない。
 身を硬くして、光竜は鏡の前に座る。
 身だしなみは最悪なほど乱れ、とても人前に出られる状態ではなかった。
 急いで衣をきちんと着直し、髪を櫛で梳かして縛る。
 友美が部屋に来たときには、準備はほとんど出来ていた。
 居間に入ると、青い顔をした雄那は、お茶が出されるのも待たずに話し始める。
「一大事ですぞ、光竜様」
「どうしたのですか」
「斗信の奴、とんでもないことをしでかしてくれました。さっき配下の者が急ぎの文を届けてよこしたのです」
 雄那の言葉に、光竜は眉をひそめた。
 雄那が皇帝の側近として、その玉体の身辺のみならず周辺諸国や地方にまで配下の密警人を送り込み、情報を掴んでいるのは知っている。
(斗信が別な地方で何か事を起こしたのかしら)
 つい先日は準親王を巻き込んだ謀反を企み、都にまで怪しげな薬をばらまいて人心を惑わした。
 その後始末もやっと済み、落ち着いたかと思ったのに。
「行州の泰家が危険です。もしかしたら内乱になるかもしれません」
「泰家って……華玲姫のご実家ではありませんか」
 光竜は息も止まるほど驚いた。
 自分も以前宴に参加し、華玲の父で泰家当主の仁栄と面識がある。
 前に訪れたときは行州も泰家も落ち着いたもので、どこからも内乱の兆しなど感じられなかったのに。
「斗信は以前から現泰家当主をけむたく思っていたようです。同士にしたいとあの手この手で誘惑したようですが、まったく乗ってこなかったため、別の手に出ることにしたらしい」
「別な手とは」
 声が震える。
 怒りなのか、また何も出来なくて傍観するしかないかもしれない自分に対する苛立ちなのか――光竜は胸の奥からせりあがってくる感情を抑えつつ、問うた。
「現当主には弟君がおられる。その弟君に近づき、同士に引き込むことに成功したもようです。わたしの配下が何度も弟君と斗信の使者が親密に会う所を目撃しました。まず間違いないでしょう」
「そんな」
 光竜は、あまりのことにしばらく口もきけなかった。
 自分だけではない。
 華玲の実家すら危険にさらされてしまうとは。
「さきほど入った情報によると、弟君の屋敷に最近いかがわしい連中が集まっているとか。斗信の息のかかった商人から大量の武器を買い入れたという報告もあります」
「武器と人を集めるとは、もしかして謀反を起こすつもりではないですか」
「そうでしょう。それも近いうちに」
 光竜は身を震わせながらつぶやいた。
「姫……」
 彼の脳裏に、華玲の姿が浮かぶ。
 この事実を知ったら、彼女はどれだけ嘆き悲しむか。
(そうよ、その前に――)
 がばっと光竜は立ち上がる。
 姫は支度が出来次第、帰ると言っていなかったか。
 いつ謀反が起こるかもしれない状態になった危険な実家に、彼女を帰すわけにはいかない。
「ど、どちらに? 光竜様」
 動き出した彼に、雄那の声がかかる。
「姫の元へ行かないと――実家に帰るのを止めなければ」
 失礼、と言うや否や、光竜は稲妻のように居間から出て行った。





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