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第八章『思春』一
 少しずつ、春の訪れがあちこちを彩らせる。
 華玲は自館の居間で、ぼおっと外を眺めていた。
「華玲様、あの……」
 愛利が遠慮がちに声をかける。
「なあに?」
「あの、昼餉は、もうよろしいのですか」
 華玲は、まったく手のつけられていない食膳に目を落とす。
(そうだった。あたくし、今昼餉の途中だったわね)
 ため息をつき、手に持つ箸でおかずをつまむ。
 でも一口食べた後、また手が止まり、外の景色に虚ろな瞳。
 愛利は、さっきからずっとこうだと肩をすくめた。
 いや、今日に限らず最近頻繁にこういう状態なのだ。
 なかなか進まない食事、全然終わらない化粧や着付け。
 物思いだけは際限なく続いている。
 何の意志もない、どこか遠くを見つめる瞳で――。
 さすがに小半時も経ってしまったため、汁もご飯も当のむかしに冷め切っていた。
 愛利はすっと手を伸ばして、汁物の入った椀を取る。
「大分冷めてしまったので、温めなおしてきますね」
 そう声をかけ、膳から椀を持ち上げたとき、華玲の静かなため息が部屋に響いた。
「いいえ、もういいわ。食事は済んだから、下げてちょうだい」
「……はい」
 愛利はうなずき、ほとんど手をつけられなかった食膳を運ぶ。
 別館を出て、州城の厨房へ。
 主が食べることの出来なかった豪華な惣菜を小皿に移しながら、彼女の胸に吹き荒れるのは心配の嵐である。
 魁家の屋敷にから戻って数日。
 華玲は日に日に食欲を失った。
 それと平行して生きる気力も削がれていくように感じられる。
 側で見ていて、愛利は心穏やかではいられなかった。
(どうしたんだろう、華玲様)
 今までこんな彼女は見たことがない。
 どう慰めればよいのかまったくわからず、苛立ちがつのるのみ。
 天気もよくなってきたので、外に散策に出たら気晴らしになるかもしれない。
 外出好きの華玲に幾度となく勧めてみたが、すべて悲しそうなまなざしで黙殺されてしまった。
『あたくしにこの州城から出ろと言うの? 愛利、あんたまでが』
 わけのわからない言葉でつぶやかれ、愛利はそれ以上何も言えなくなる。
 そのまま己の奥深くに沈んでいく主を、ただ黙って見ているしかなかった。
 今日も朝からこの調子で、華玲はほとんど何も口にしていない。
 このままではどうなってしまうのだろう。
(一体、光竜様のお屋敷で何があったのかしら)
 日数を重ねるほどに弱っていく主。
 どうすることも出来ない自分。
 おそらく原因は、この間の会食。
 深まっていく疑惑の念。
 でも真実を知るすべはない。
 ――主以外に真相を語ってくれる者などいないのだから。




 姫の気鬱の原因たる当の本人は、彼女の様子などつゆ知らず、執務に追われて忙しくしていた。
「これを大至急、届けてくれ」
 領主の印を押した書付を、彼は控える下官に渡す。
 それは春になったら開始される各地の改善修復許可である。
 冬の間に光竜は、各地を束ねる町長や村長たちに町や村の改善願いを提出させた。
 集会所や穀物蔵、橋や通りの敷石、城門の柱など、年月が過ぎて老朽化した物は数知れず。
 町や村の力だけでは朽ち果てていくものをどうすることも出来ず、あきらめて放置する所が多かった。
 あちこちを視察して目についた箇所がかなりあり、光竜はその問題を解決しようと決心する。
 幸いここ数年の豊作と商業の発達に伴い、州城にもかなりの余裕があった。
 この機を逃す手はない。
 光竜の命に応じ、思ったより数多くの届けが各地より出された。
 さっそく扶安にこの件を任せ、届けを全部吟味、調査させる。
 扶安は選んだ数人の官吏と共に改善の対象となる建物や施設を直接調べ、修復箇所と予算、技師を選んで調査書にまとめた。
 調査した内容は光竜に提出され、彼が許可を出したものから順番に州城で予算を捻出、技師と修復材を各地に送って援助開始となる流れである。
 春になるまでにあらかたの検討をつけておこうと、光竜は毎日扶安の持ってくる調査書に没頭していた。
(雪が解けたら仕事もしやすくなるもの。農作業も忙しくなるけど、出来るだけ早く整備しなくては)
 そう考え、時間の許す限り目を通す。
 今日も朝から数十件の許可を出し、昼餉もそこそこに扶安を呼び、新たな書付を持ってこさせた。
 熱心に受け取って、光竜は読み始める。
 退出するかと思いきや、扶安は横に控えて、主君の横顔を固い表情で見つめた。
 異常ともいえる熱心な仕事ぶり。
 あきらかに最近の主はおかしいと、すでに彼は見破っていた。
「失礼いたします」
 扉を開け、下官が入ってくる。
 その手にお茶と菓子の載った盆を持っているのを見て、光竜は怪訝そうな顔をした。
「どうした、こんな時間に茶など。さっき昼餉を済ませたばかりだろう」
「はい。ですが」
 決まり悪げに視線を落とす下官の言葉を、扶安が引き継ぐ。
「わたしが運ばせたのです。ご苦労であった。そこの卓へ」
 下官は卓の上に盆を載せ、すぐに下がっていった。
「光竜様、少しご休息なさいませ」
 扶安は真摯な目で彼に申し出る。
「別に疲れてはいないが」
「確かにお体はそうかもしれません。でもお心はどうでしょうか」
 ずずっと強い瞳を向けられ、光竜は思わず目をそらした。
「他の者は騙せても、この扶安は欺けません。この間から無心のお勤めぶり。領主の鏡ともいえるほど仕事熱心であらせられるその裏には」
 彼は言葉を止め、深いため息を落とす。
「何から逃げておいでなのですか、光竜様」
「……」
「必死に時間を詰めておいでのご様子。何か思案しなければならない事柄を、あえて考えないように仕事に集中、避けておられるようにお見受けします」
「相変わらず鋭いな、お前は」
 光竜は肩を落として息を吐く。
「恐れ入ります。主を気遣うのも側近たるわたしの務めと心得ておりますから」
 扶安は微笑んだ。
「申し上げにくいことも必要とあらば進言し、お助けすることこそわたしの奉公にございます。お気に触ったら、いつでも罰をお与えください。どんな裁きも覚悟しております」
 忠臣の模範とも言うべき姿勢で、扶安は光竜を見つめる。
 己の主は信じたとおり、不機嫌に怒鳴り散らすこともなく謙虚に言を受け止めた。
「いや、わたしの方に非があるのに、どうしてお前を裁くことが出来るんだ、扶安」
 光竜は力ない笑みを向けて、ありがとうとつぶやく。
 扶安は一礼し、その場を退出した。
 何も命じられなくてもわかる。
 今の光竜には、仕事よりも一人で真剣に難問と向き合う時間が必要だということが。
 しばらく誰も執務室には近づかないよう指示を出しながら、扶安は彼の心が早く落ち着いて、元の明るい微笑みを見せてくれることを願ってやまなかった。




 緑茶のさっぱりした香りが、気分を落ち着かせてくれる。
 お茶の入った椀を手に、光竜は目を外にやった。
 彼の意識が、先日までさかのぼる。
(華玲姫、どうしてるかな)
 会食のあと、二人で星を見て楽しいひと時を過ごした。
 帰宅の時間となり、雄那は馬に、華玲は輿に乗り込む。
 光竜も華玲と共に州城に戻ろうとしたのだが、何故か彼女にやんわりと止められた。
『せっかく久方ぶりにご実家に戻られたものを、すぐにお帰りになられてはお母君様や姉上様が寂しく思われましょう。あたくしは一人で大丈夫ですから』
 その口調から優しくはあるがどこか強い意志を感じ、光竜は何も言えなくなる。
(一人にして欲しい、そんな感じだわ)
 彼女の言葉に従い、光竜は実家に留まることにした。
 客人を送り出してから、休もうと自室へ足を向けたのだが、すぐに母から呼び出しが来て、寝るどころではなくなってしまう。
 母との会話は予想してはいたものの、今の彼にとって辛い言葉ばかりであった。


『いいですね、光竜。お前のしていることは、あの方のためにはならないのですよ。あなたはあの時から――この魁家の当主となったときから、すでに上州と婚姻したも同然の身。あの方に応えるなど出来ないことぐらい、あなたにもわかっているでしょう』
『わかっています。お母様、でも』
『でも、なんです』
『でも今すぐとは、あまりにも急な話。もう少し彼女の心が落ち着いてからの方が』
『何を言っているのです。こういうことは長引かせてはなりません。かえって先方に期待を持たせ、変なうわさのもとにもなりかねないのですよ』
『それはそうですが』
 光竜は口ごもった。
(今、別れを切り出したら、華玲姫は――)
 つい先日、兄の墓の前でのことが、まざまざと脳裏に思い浮かぶ。
 別れたくないと必死にすがりついてきた姫。
 せつない言葉、抱きしめてきた腕の暖かさ。
 あの声と涙を想うと、胸が熱くなってくる。
(あたし……きっと今は言えない)
 決死の覚悟ですべてを打ち明けようとしたのに、結局口に出来なかった。
 彼女の想いが自分よりももっと切実で、本気で命すら投げ出しかねない勢いだったから。
 もし別れを告げたら、華玲はどうするだろう。
 それを思うと、これ以上彼女を傷つけるのが怖くてまた何も言えない結果になる。
 そのことを光竜はよくわかっていた。
(話せない、姫にそんなこと――あたしと今すぐに別れて欲しいなんて)
 複雑な顔で彼は俯く。
 息子の――いや、娘の今まで見たことのない表情に、麗夫人の視線が向けられた。
 徐々に母親としての憶測が胸の奥に広がっていく。
 それは不安と心痛になって、口から漏れた。
『それとも光竜……いいえ、香蘭』
 わざわざ彼の真名を呼ぶ麗夫人の方が、彼よりも真っ青な顔で震えていた。
『まさかあなたは、あるまじき想いを抱いてはいないでしょうね』
『お母様?』
『あの姫に余計な感情を持っているのではないですか。あなたはいくらそのようななりをしていても、本当は女なのですよ』
 麗夫人の言わんとしていることを悟り、光竜は絶句する。
 思っていなかった母の心配に、彼の衝撃は大きかった。
『お母様、そんな馬鹿な。あたしがどうしてあの姫を』
(そんな風にお母様に思われていたなんて……)
 それは考えていたより激しい痛みを彼に与える。
 自身でさえ必死にそんな感情と戦っているのに、周りからずばりと指摘されてしまったことは、かなりの痛手だった。
『ならいいのですが。世間には竜神の法に背き、同性同士で想いを交し合う者たちもいるとか。ましてあなたは普段は身も心も男として過ごしている。わたくしは心配でたまりません』
『……』
 あまりのことに口を利く力を失い、光竜は呆然とする。
 そんな彼の袖を掴み、麗夫人は哀願した。
『どうかお願いです、光竜。この母を安心させておくれ。一日も早く華玲姫を行州に帰しなさい。わかりましたね』



 一時の回想。
 廊下を歩く物音がして、光竜は我に返った。
(やだ、どれくらいぼうっとしてたのかな)
 こんなことしてる場合じゃないのに――そう思いながら、お茶をすする。
(最近、本当に変だわ、あたし)
 以前、華玲が来たばかりのときは、こんな風にためらうことはなかった。
 とにかく理由はどうでもいいから、さっさと目の前から消えてもらいたい。
 その一点に、心は占められていたはずだったのに――。
(時が経つって、なんだが辛いものがあるわね)
 光竜は中身半分ほどになった緑茶の茶碗を置き、ふっと息をついた。
 時の流れというものは残酷極まりない行いをするのが相場かもしれない。
 深く知り合えば知り合うほど、その距離を縮めて特別な感情を芽生えさせてしまう。
(お互いのためにも別れないといけないのに、どうしてお母様の言葉に素直になれないんだろう)
 そのことが、今の光竜を思い悩ませていた。
(あたしは、どうしてこんなに悩むの?)
 母の言うことは正しい。
 このままでいて、二人の関係に良いことなど一つもありはしない。
 むしろ将来にとって障害となるしかないだけの要素だ。
 なのに何故華玲の元に行き、すぐさま帰って欲しいと言わないのか。
 それをためらう気持ちは何なのか、光竜は己の矛盾した感情をもてあまし、身動きが取れずにいた。
(はっきり言って、執務よりこっちの方が何倍も頭が痛いわ)
 口から出るのは、どうしようもないため息ばかり。
(姫は今どうしてるのかな)
 ぼんやりと彼女のことを思ったとき、急に会いたくなってしまった。
 母は特に口にしなかったが、やはり二人きりのときに華玲に何がしかの言葉を言ったのは間違いない。
 気丈な姫のことだから、さすがにその場で泣き喚いたりはしなかっただろうが、さぞ衝撃を受けたであろう。
(お母様もあせっているんだわ。いいえ、あたしのことを心配されて――)
 母の心と華玲の心。
 どちらも痛いほど感じてしまう。
 だから自分の想いをとおすことなど出来なくて、もがいて溺れそうになる。
 今はどこからも救いの手は、差し伸べられそうになかった。
 でも会いたい。
 どうしているのか気にかかる。
 お互い向き合っても状況は何も変わらないというのに、会いたいという衝動は抑えがたいものがあった。
(これが感情というものかもしれない)
 光竜は思いどおりにならない自分の心を、そう捉える。
 頭では理解出来ない心の動き。
 自分の想いなのに、制御不可能な情の力。
(悩んでいてもしょうがないわ。とにかく姫に一度会ってこよう)
 彼はそう考えた。
 己の心のまま行動すれば、少なくともこの衝動は抑えられる。
 会いたいのだから、会いに行けばいい。
 会ってもどうしようもないのに、と考える心はとりあえず置いておく。
 あとでまた考える時間はいくらでも持てるだろう。
 光竜は立ち上がった。
 久しぶりに自分で考え、腰を上げた気がする。
 迷う心は存在し、自分の胸を痛いほど突いたが、彼の足を止めるには至らない。
 ゆっくりと確実に、光竜は己の歩みを姫のいる別館へと進めていった。
 




 華玲の館からは、物音一つしなかった。
(出かけてるの? いいえ、そんなことはないと思うけど――)
 勢いだけで来てしまったゆえ、彼は玄関先で立ち往生してしまう。
 それを窓から愛利が見つけ、扉を開けてくれた。
「光竜様、ようこそおいでくださいました」
 顔に悲痛な表情を浮かべ、愛利は彼を居間にとおす。
 しかしそこはひんやりとして、誰の気配もなかった。
「華玲姫は?」
 居間に彼女の姿がないのを見て、光竜はいぶかしむ。
 愛利は困ったような笑みを浮かべた。
「それが先ほどまで座っていらしたのですが、頭が痛いと仰いまして、寝室へ」
「そう」
 姫の状態が思わしくないのを知り、光竜はため息をこぼす。
(やっぱりね)
 ただ単に季節の変わり目で体調を崩したのではないだろう。
 この間、母に言われたであろうことが、胸の奥で病を引き起こしているに違いない。
 気になってここまで足を運んだが、状況を知り、彼の心にためらう気持ちが沸き起こった。
 華玲を無理に起こしてもらうことも出来るが、そんなことはしたくない。
 むしろ今はそっと休ませてあげたほうがよいだろう。
(このまま強引に会っても、何にもならない気がするわ)
 そう考え、光竜は椅子から立ち上がった。
「また出直そう。体の障りになるといけないから、わたしが訪ねてきたことは姫に言わなくていいよ。では」
「あ、あの、お待ちください」
 去っていこうとする彼の上着を、あわてて愛利はつかまえる。
「お願いです、光竜様、どうか華玲様に会ってくださいませ」
「え?」
 突然の行動に、光竜は目を丸くする。
 愛利はその場に跪き、頭を下げて申し述べた。
「失礼ながら光竜様のお屋敷からお帰りになられて、華玲様はまったく変わっておしまいになりました。一体何がお屋敷であったのですか」
「……」
「以前はお食事をなさらないとか、ぼーっとしておられるとか、そういうことはなかったのです。いつも明るく微笑んで前向きな方だったのに」
 愛利は、そこで言葉を途切らせる。
 俯く小さな肩が震えた。
 その様子を見て、光竜は顔を曇らせる。
(今日だけじゃなくて、最近ずっとそうだったのか)
 心の片隅で予想していたことだったが、まさか本当に華玲の様子がおかしくなるとは思わなかった。
 どうしたら良いのだろう。
 彼はその場に固まってしまった。
 こんな状態の彼女に会って、何か事の解決になるのだろうか。
(もうあたしにはお母様と同じことしか言えないというのに……帰って欲しいと)
 遅かれ早かれ、そう言うしかない。
 母のようにきっぱり言い切ることはなかったとしても、所詮彼にだって別れを告げる以外にすべはないことが現実だ。
 苦い想いが胸に広がる。
 光竜はこの場に留まることさえ、嫌になってきた。
(駄目だ。こんな気持ちで会っても、互いに傷ついて終わるだけ)
 光竜は愛利の手から裾を抜き取ると、すまなそうに謝る。
「今日はこれで失礼する。姫の体調が良くなってから、改めて伺おう」
 愛利は顔を歪め、黙って一礼した。
 そのまま玄関に向かい、外に出ようとした時――。
「光竜様」
 落ち着いた抑揚で名を呼ばれ、彼は驚く。
「華玲姫?」
 振り向いた先に、寝室から出てきたばかりの彼女が立っていた。



 
 今日はもう会えないだろうと思っていたので、姫の出現に彼は戸惑う。
 重たい沈黙が玄関に満ち、しばらく二人は物言えぬ石となって互いを見つめていた。
 華玲の白い顔は、いっそう色が薄れて血の気がない。
 でもせつない瞳と美しい微笑みは健在で、彼女の視線を受けても嫌な感じはまったくなかった。
 むしろ体が熱くなる。
 二人の間に余計な言葉など必要ない気がして、光竜も華玲もただ黙って目の前の存在と視線を交していた。
 風が窓を打つ物音が、一瞬二人の間に響く。
 現実に返り、光竜はやっと口を開いた。
「姫、お加減が悪いとお聞きしました。大丈夫ですか」
「ええ。ご心配をおかけして……でも大丈夫ですわ」
 たいしたことありません、と華玲は静かに微笑む。
 そんな彼女が痛々しく感じられ、光竜は言わずにはいられなかった。
「お加減が悪いのなら休んでいてください。今日はあなたの顔を見に来ただけですから」
 そう、今日はもういい。
 こんな傷ついた彼女に、更に追い討ちはかけたくない。
 そんなことは断じて出来ないから、もうこの場から早く去ろうと光竜は思っていた。
 いや、本当は言いたくなくて、逃げ出したかったのかもしれない。
 決定的な言葉を自分の口から言う瞬間を、少しでも先へ延ばすことが出来たなら――。
 しかし華玲は首を横に振る。
「姫?」
 華玲は睫毛を伏せて瞳を隠すと、愛利の方を向いた。
「お茶を用意してちょうだい。あたくし、光竜様と大事な話があるの。終わるまで誰も取り次がないように、いいわね」
「はい」
 愛利は心得顔でうなずき、お茶の支度をしに厨房へ駆けていった。







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