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それは遠き桃源郷・・・
・・・・・・犬が死んだ。
そう報告を受けたS5―東堂春奈が最初に感じたのは悲しみでも憎悪でもなく、ただただどこまでも続く虚無感だった。
危険で、そしてそれ異常に辛い任務だった。
友達だった人物の殺害命令。

―任務に私情を挟むなよ。

そう言いながら上司に告げられた任務。
盟了学園での久遠淵を監視する任務。
私はその時から部下になっていた犬と二人で任務にあたった。
どこか醒めていて、冷たい印象だけど、傍にいるとどこか落ち着く彼とは任務のために接触した。
私情を挟まないなんて無理だった・・・・・・。
犬と淵くんと私。
三人でおもしろおかしく過ごす学園生活は普通を知らない私には楽しすぎて・・・・・・辛かった。
きっと、こんな日が来ることは分かっていた。
でも、やめられない。
犬も淵くんも、大好きになっていたから・・・・・・。
そして、犬は死んだ。
淵くんは犬を殺した。

どんな顔で死んでいったのか・・・・・・。
どんな顔で殺したのか・・・・・・。

私には容易に想像できる。
犬が死んで、苦しいのに・・・・・・。
どうしても淵くんの事が憎めない。
―だって私は・・・・・・。










―ギリッ!

私は強く掌を握る。
あの女だ!
あの女のせいだっ!

私の頭に浮かぶのは、いつも澄ました顔でいる女の顔。
日向凛紅っ!

あの女さえ淵くんに近づいて来なければ、今日も三人で笑っていられたはずなのにっ!






赤神隊長が動いたのは、日向凛紅が淵くんに敗北したからだ。
赤神隊長は淵くんの血の恐ろしさを誰よりも知っている。
"深淵"を持つ淵くんが"白夜"を持つ凛紅を手元に置くのは危険すぎた。
元来、久遠家と日向家の力は拮抗していないといけないのだ。
そして、ほんの数年前まではその願いは果たされていた。
そう―淵くんが"深淵"を手にするまでは・・・・・・。
淵くんは異端すぎた。
その力から戦闘スタイル何もかもが。
何よりも、淵くんは久遠家に流れる呪いの血と呼んでいるが、それは間違いで、黒き血は淵くんにしか流れてはいない。
事実、淵くんの父親の血は赤いと確認されている。
そんな淵くんの並はずれた力が久遠家と日向家の拮抗を崩してしまった。
政府上層は日向を従属させた久遠淵を第一級危険分子と断定し、今まで助けてもらった恩を吐き捨て、殺害命令を出した。








「ふふ、あははははっ!」

あの女がいなければコンナコトニハナラナカッタッ!
身の程知らずな日向凛紅が淵くんに手を出さなければ犬も死ななくてよかったっ!

「・・・・・・殺してやる」

私の口から憎悪に濡れた声が漏れる。
日向凛紅を殺して、淵くんも殺そう。
私も死のう。
地獄でもう一度日向凛紅を殺せば、私と犬と淵くんできっと幸せになれる。




―カッカッカッカ。

聞こえてくる足音。
とっくの昔に気づいていた。

―カッカッカ。

どんどん近づいてくる。
気づかないはずがないじゃない。

だって―

―カッカ。

廊下の角から覗くその顔は―





―あの憎い女の澄ました顔なのだから・・・・・・。
愛憎の行き着く先は虚無か地獄か・・・・・・。
きっと他人には理解できないでしょう。
けど、当人にはそれだけしか考えられないのです。
失われた「愛情」に縋ることだけが生きる道ならば、何を迷う事がありましょう?
他人には地獄に見えるかもしれない。
でも彼女にとって、そこは一時の楽園なのです。


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