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26:それはジジィの趣味じゃないのか?
俺と肩を並べて歩いていたジジィが吹抜けの天井から吊り下げられていた深紅のカーテンの手前で立ち止まり、斜め後方からそっと近づいてきたトモちゃんから耳打ちされると体を反転させ、後に続いていた皆に主催者としての挨拶をし始めていた。

「準備が整ったようじゃ。宴が始まる前にわしから言うておくが、今宵の主役である如月家の新当主は右や左、ましてや家格の上下といったものに対して頗る嫌悪感を持っておる。今宵ばかりはわしを含めて無礼講といたす故、異論のある者は申し出てみよ。」

「「なっ、なんと!?」」

一族の誰よりも格式というものを重んじていたはずのジジィの口から、『無礼講』なんて言葉が出ることによほど驚いたのか、皆は鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をしている。

「ホッホッホッ……もし政秀様が今の御前の発言を聞いておいででしたら、きっとお褒めの言葉を頂いていた事でしょうな。皆一様に驚いてはおりますが、依存はないようですな。」

「うむ。それでは朋子よ、幕を開け放つがよい。」

「はい。」

じっちゃんの言葉に後押しされたジジィの発言を合図に、カーテンを吊っていたワイヤーがカタカタとモーターに音をたてながら巻き取られていき、目の前には屋内であるにも拘わらず純和風の巨大な日本家屋が現れ、俺はしばらく呆気にとられていた。

「なぁジジィ……俺の就任式の為だけに、わざわざこんなセットを作ったのか?」

「さすがにぬしも、これには驚いたようじゃのぉ?ハッハッハッ……」

「いくら金があるとはいえ、無駄遣いにもほどがある。そんな金があるぐらいなら、アンタの仕事の報酬を、少しぐらい上げてくれてもいいじゃないかっ!」

「ぬしはこれのどこが無駄遣いと申すのじゃ?組立て、設備が使えるまでに要する時間は僅かに三時間、解体に至っては一時間の優れものぞ。それに、そなた等の報酬を決めるのはわしの一存ではなく、各国に散らばる……」

「御前、お言葉が過ぎますぞっ!少し冷静におなりくださいませ。」

ジジィの無駄遣いに頭にきてしまった俺は、一族内でも禁句タブーとされていた事に触れ、売り言葉に買い言葉といった感じで答えていた彼を見かねたのか、傍にいた九条の義久さんがジジィをなだめているようだ。

「まぁよい。このセットはぬしの就任式で使用した後、一族内の関連企業が執り行う国際レセプション等に、スタッフ共々各家に有料で貸し与えるつもりじゃ。政影が心配せずとも、半年もすれば充分に元は取る算段じゃ。」

「この強欲ジジィが……身内からも金を毟り取るつもりなのかよ?いつもアンタの思いつきに振り回されている、義久さんたちの苦労を少しは察してやりなよ。」

「政影、今回ばかりはそうとは言えないかもしれないぞ。毎回決まりきった料理や趣向に、ゲストの方々も飽きがきているのは確かだからな。」

「まぁ義久さんがそう言うのであれば、俺がとやかく言うつもりはないけれど……でもジジィ、ひとことだけ言わせてもらうが、今は如月家うち関連の企業には、そんな金を使う余力なんてないのだから、あまり期待するんじゃないぞ。」

「わしはぬしに無理強いする気など毛頭ないわ。しかし政影が、このセットを使わずにおれるかのぉ?フッフッフッ……」

俺はジジィの意味深な言葉と気色悪い微笑みに警戒しながらも日本家屋の出入り口に辿り着き、真新しいセットには不釣合いではあるが、どこかで見た記憶のある煤けた暖簾をくぐって引き戸を開くと……

「「政影様、如月家当主就任、おめでとうございます。」」

ジジィに促されてセットに一歩足を踏み込むと、通路の両脇で俺たちを待ち構えていた各家の侍女たちが口を揃えて祝辞を述べていたけれど、彼女たちの姿を見た途端に俺は軽い目眩に苛まれていた。

向かって右列に並ぶ侍女たちは和装に割烹着というこの場に相応しいオーソドックスな姿をしているのに対し、左列に並んでいる侍女たちときたら瞳を先頭に、ムッチリとした太股を惜しげもなく露にしたショートパンツと、無駄な肉などないウエストを見せ付けるようなにヘソ出しTシャツを恥かし気もなく身に纏っているではないか。しかも揃ってポニーテールに髪を結って何やらタンクらしき物を背中に背負っているし……

「なぁ瞳、なんでお前たちがそんな格好をしているんだ?」

「それはですねぇ~、御前が政影様のお手つきの侍女たちをわざわざお調べになられ、御前を含めた皆で話し合った結果、政影様に喜んでいただける為にはこれが一番との結論に達したんですぅ~。似合っていませんかぁ~?」

「みっ、みんなキュートで、とても似合っているよ。でも今日は公式行事だし、女性も大勢いるのだから少し場違いかなぁと思ってさ……」

天然元気系である瞳の声はもともと大きくはあったけれど、彼女はまだ外にいるはずのあの一団を挑発でもするかのように、わざとらしい大きな声で俺の問い掛けに答えている。

自業自得とはいえ己の痴態を晒されてしまった俺は後ろめたさも手伝ってか、少しどもりながらも当たり障り無い返答をしていたというのに……空気をまるで読めていないジジィが素で答えていた。

「今宵の趣向は各家の奥たちから事前に了承を得ておる故、特に問題は無いはずじゃ。それに自家で働く侍女が、如月家に嫁ぐ可能性があるとなれば、これ以上ない名誉な事になるであろう?」

「ジジィの言いたい事を理解できない訳ではないし、聞かなくてもおおよその見当はつくけど、あのお嬢様方からも承諾も得ているんだろうな?」

「何故わしが、あの者共の承諾を得なければならんのじゃ?」

「アンタに聞いた俺がバカだった。瞳、とりあえず生ビールでも持ってきてくれ。」

「はぁ~い♪」

投げ槍に言い放った言葉に元気良く答えていた瞳の後姿を見送り、これから例の一団に尋問されるであろう事に対して幾つかの模範解答を考えていた俺が、俯きながらフラフラとした足取りで建物中央部のカウンター席に辿り着いた時、湯気の上がる真っ白なお絞りを差し出しているゴツイ腕の持ち主の声が、どこか聞き覚えのあると感じた俺は顔を上げる事にした。


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