警告
この作品は<R-18>です。
18歳未満の方は
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7.恐慌
張り詰めて痙攣していた体が、ゆっくりと弛緩していく。歓びに満ちて高ぶっていた体が、徐々に重く冷えていき、煩わしく感じられた。
いつまでもしがみついて余韻を味わってはいられない。欲望や体液とは違うものまで交わってしまいそうな気がして、さらに快楽の残滓に未練を残す体をもぎ取るように、グレンの体に絡みつかせた脚をほどき、腰を浮かせて男から離れようとする。
床に足をついた途端、膝が崩れてレジーナは情けなく尻餅をついた。立ち上がろうとしても、足に力が入らず、ふらふらとめまいまでする。
服の前を閉じながら、椅子に座ったまま、グレンは嘲笑を浮かべて、床でもがく彼女を見下ろしていた。
悔しい。グレンの方は交わり合いの余熱など全く残していないように、動作も表情も冷めている。自分だけ過ぎ去った欲望に取りすがっているようではないか。
レジーナは体を隠しながら、何とかテーブルに手を突いて立ち上がろうとする。
その姿を見ながら、グレンはやはり面白い女だと思った。
彼は情事の後に、冷めやらぬ体を押し付け、まとわりついて甘えてくるような女はあまり好きではなかった。残念ながら、そういう女の方が多いような気がする。
抱いている最中は、自分の方が心遣いをしているつもりなのだ。一度満足したなら、後は放っておいて欲しかった。
その点については、レジーナは全く面倒が無い。
昨日この小食堂で触れてやった時も、会食に移った後は皮肉を飛ばした挙句に、テーブルの下で人の手を蹴り上げてくれた。庭で抱いた後もけろりとしていたし、ゆうべの寝室では随分時間と手間をかけたつもりだが、ことが終わればとっとと別室に逃げ出そうとしていた。切り替えが早いのだろうが、あまりにあっさりし過ぎていると、不思議なもので逆にこちらが構いたくなる。
今もレジーナは、数瞬前に嬌声をあげて自分に縋りついていた姿が嘘のように、硬い表情でさっさと脱ぎ捨てた服を拾いにいっている。引き結んだ口元は、痴態を晒した彼女自身を恥じているのか、そうさせているグレンを憎んでいるのかは図りかねた。
足元もおぼつかないほど、交わり合いに夢中になったのだ。素直に情交の余韻に浸りながら、澱んだ瞳で自分を見つめるくらいの可愛げがあればいいものを。それなら生暖かい軽蔑と共に、もう少し優しく接してやってもいいが。
グレンは立ち上がり、服を拾い上げるレジーナに背後から近づくと腕を取った。
「……なに?」
後ろから腕を掴まれたレジーナの体が軽く傾いだ。眉を寄せて振り返る。
「メシは終わったけど、まだ話は終わってない。部屋に戻るぞ」
とにかく自分を抱いて満足はしたのか、グレンの表情は柔らかかった。微笑んでいるようにも見える。
部屋というのは、当然寝室のことだろう。ため息が漏れた。昨日から何度体を重ねたのだろう。まだそんな元気があるのか……。
「もう話なんか無いでしょ」
言っても無駄だろうと思いながら、レジーナは軽く彼の腕を払って服を拾おうとしたが、また腕を掴まれた。
グレンは無言で彼女を見ている。
目の端に薄笑いを湛えた表情から、レジーナは彼の心中を読み取ろうと目を凝らした。
次の瞬間、体を翻され、後ろから胴体に男の腕が巻きつく。持ち上げられて、軽く体が浮いた。
「ちょっと、何なのよ」
腕を振り払って床に下りようとするが、グレンはまるで荷物を運ぶように、片腕で彼女を抱えたままその場から離れる。もがいた足が時折床に触れたが、彼を留まらせるには至らなかった。
食堂を出て寝室に向かう気なのだ。
気づいてレジーナは慌てた。まだ全裸のままだ。
「ちょっと、待って。分かったから、服! せめて服を着させてよ」
今度こそ本気で男の腕を振り払おうと、両手に渾身の力を込める。その瞬間だけ僅かにグレンの腕が緩んだが、振り払うことができない。力を抜くとまた締め付けられる。
グレンは無言のまま、レジーナを半ば引きずるように食堂の出口まで抱えていこうとしている。血の気が引いた。この食堂から主寝室まではやや離れており、当然廊下を通らなければならない。廊下には召使いたちや、ことによれば士官たちも行き来しているはずだ。
「待ってってば! 部屋には行くから。服着る間だけ待っててよ」
体に回されたグレンの腕に爪を立て、引きずられる足で彼の足を蹴りつけると、頭上から舌打ちが聞こえた。
「うるせえな。暴れるんじゃねーよ。また縛り上げられたいのか」
グレンは左手で布の飾り帯を解くと、右手を彼女の体から一度離して、両手首を掴んだ。掴まれていた胴に支えが無くなり、腰が落ちた。床にしたたかに両膝を打ちつける。その間に両手に布帯が巻きつけられた。
膝を打った痛みに動けずにいるレジーナを、グレンが再び片手で抱える。
レジーナは細身に見えるが、長身の上に筋肉質なので、体重は並みの女より重い。その自分を軽々とは言わないまでも、片手で抱えてしまう。グレンも筋肉が盛り上がっているほどの屈強な体格をしているわけではないのに、どこにこんな力があるのだろう。
丸腰の自分ではとても敵わない。そう悟ったレジーナは恐慌した。
「や……やめてよ! ほんとにやめて! この……放せ!」
縛られた両手と足を振り回して暴れるが、相変わらずグレンにはほとんど効いていないようだった。彼はレジーナを抱えて引きずったまま、小食堂の扉に手をかけた。
「大声出すな。駆けつけてくる人間が増えるだけだぞ」
扉を開ける寸前、グレンは両手で彼女を抱え直し、威圧するようにレジーナの顔を覗き込んだ。
「人が来たらあんただって困るでしょ」
「全然。俺の部下が来たところで、俺を取り押さえると思ってんのか? お前の部下が来ても同じことだ。せいぜい俺につかみかかるようなバカがいないように祈ってろ。叩き斬るだけだ」
言葉を失う。扉が開かれた。
小食堂が面している廊下は、やや狭い。ところどころに燭台がしつらえられ、火が灯されているが、薄暗かった。
誰の姿も無い。
ほんの少し安堵したレジーナだが、隣の配膳部屋の扉が開き、十四、五歳の給仕の青年が姿を現すのを見て絶句した。彼も驚愕したまま、全裸の女主人と彼女を抱えている駐留軍の将軍を見ている。
「どうもごちそうさま」
人を食った挨拶を給仕に残し、グレンはレジーナを抱えたまま歩き出した。
さすがに片手で長身の彼女を完全に持ち上げるには至らないらしい。足が僅かに床に触れるが、踏みとどまることはできず、ただ虚しくもがいたまま、引きずられるだけだった。
「し……信じらんない」
召使いに裸体を見られた恥ずかしさに、レジーナの声は震えた。明日どんな顔で彼と会えばいいのだろう。
「まーいいじゃん。奴の今晩のオカズは領主夫人だな」
「ふざけないでよ!」
縛られた両手を固めてグレンの腕に叩きつける。
「いってーな。大声だしても損するのはお前だって言っただろ」
グレンは全く頓着した様子が無い。
情けない。今度こそ本当の苦い恥辱が湧いて、悔し涙がにじんだ。なんて無力なんだろう。自分の家に押し入ってきた人間をどうにもできないなんて。
尚もレジーナは肩や腕を振り、足を踏ん張らせて、グレンの腕を振り解こうとするが、果たせなかった。
召使い部屋が見えてくる。その開いた扉の前で、侍女が二人話しこんでいた。こちらに顔を向けた一人が目を見開く。振り向いたもう一人の侍女はイブだった。レジーナの様子に気づき、蒼白になっている。
レジーナは彼女たちと目を合わせられず、ただ、首を振って訴えた。狼狽のあまりこちらに駆け寄ろうとするイブを、もう一人の侍女が押さえる。
グレンは侍女を無視して、大股で廊下を通り過ぎる。
「なんてこと……」
誰かが呟いたのが聞こえた。自分が守るべき侍女たちから哀れまれるのは耐えがたかった。
寝室に来るまで、廊下で何事か話していた士官三人ともすれ違った。一人は苦笑いを浮かべ、一人は無表情のまま目を逸らし、もう一人は好色そうに表情を崩してレジーナを見た。体を丸め、拘束された腕で少しでも隠そうとしたが、一糸纏わぬ素肌を全て覆えるわけもない。
にじんだ涙をせめてこぼすまいと、レジーナは結び合わされた拳で乱暴に瞳を拭った。
寝室前には士官二人が歩哨に立っていた。やはりレジーナとグレンの姿を見て目を剥いたが、無言で姿勢は崩さないままだ。
グレンも彼らに構わずに、ただ入り口の壁に設置してある職台を手に取り、鍵のついていない扉を開ける。その間、士官たちに肌を晒すのが耐え切れず、レジーナはグレンにしがみつくように体をねじった。
「あー重かった。お前、意外と重いな」
部屋に入って扉を閉めた途端、グレンはレジーナを床に放した。
立ち上がったレジーナは振り返り、縛められたままの両拳を握り合わせて、思い切りグレンの胸に叩きつける。激高のあまりに全身が小刻みに震えている。
「なんてことしてくれんのよ! 本当に信じらんない! どれだけ人に恥をかかせれば済むの!!」
「いていて。悪かったって。もう他の男には見せないから」
何度も殴られながらグレンはそう言ったが、全く反省したような表情ではない。レジーナの怒りはさらに煽られた。
「そうじゃないでしょ!? あたしの立場はどうなるのよ! 明日召使いたちにも、あんたの部下にもどんな顔して会えばいいのよ!」
「何言ってんの」せせら笑ったグレンがレジーナの拳を捕らえた。「お前の立場なんか無いんだよ。ようやく分かったか。俺にどんなことされても、助けてくれる奴なんかいないよ」
いる。
懐かしい夫の姿が浮かぶ。もしも夫がいれば、何を捨てても自分を助け出してくれただろう。彼女を愛し崇拝し、グレンに劣らず鍛えた夫なら。
だが両手を捕まえられた状態で、冷笑を浮かべているグレンと目を合わせていると、何故かとてつもなく虚しい気持ちになった。レジーナの心を読んだように、グレンは言った。
「この世のどこかにいたとしても、今この場にいないなら、存在しないのと同じだ」
そんなことはない、そう言い返すと、張り詰めていた心が夫へと流れ出し、感情が崩れ去ってしまいそうだった。レジーナは言葉を飲み込んだ。
自分が留守を預かっている。異国の地で戦う夫の代わりは、伴侶である自分しかいない。だから今いない夫を頼ってはいけない。
グレンと睨み合いながら、必死で自分に言い聞かせる。
責任という言葉が彼女は嫌いではない。領民を守り、部下を守るのは務めだ。誰かの為に自分がいる。自分が倒れたら後ろについている人々はどうなるのか。
そう考えると背筋が伸びる気がする。感情を曝け出して夫の胸で泣いたり、愛を語り合うよりも、そんな毅然とした自分の姿の方がレジーナは好きだった。
だが不思議なことに、気丈に心が持ち直れば直るほど、グレンの存在が滑り込んでくる。先ほど彼に感じていた殺意にも近い憎しみは、夫に縋ろうとする気持ちとともに少しずつ霧散していく。
夫のいる場所にグレンが入り込んでいるわけではない。それだけは誓って言える。だが、グレンが心のどこにいるのかは、見当もつかなかった。
自分自身の感情がつかめず、呆然とするレジーナをどう思ったのか、男は彼女の両手を一度放し、背中を抱き寄せた。
頬が服越しにグレンの胸に押し付けられる。髪の上に彼の顎の重みを感じた。肩から背中に回された両腕に閉じ込められたような気がする。
片手で頭を撫でられ、そのまま顔を上に傾けられる。目が合った瞬間、唇を重ねられた。家族でも恋人でも友人ですらない男と、昨日から何回口づけたのだろう。
唇を割って入り込んできた舌をどうしていいか分からず、不器用にただ受け入れながら、レジーナは思った。初めて昨日唇を合わせた時に感じた嫌悪感はどこへ行ったのか。改めて湧き上がらせようとしても、できなかった。
縛られたまま、抱き寄せられて体の前に回したレジーナの両手は、グレンの股間のあたりにある。そこが固くなってくるのを感じた。
レジーナが手を引こうとすると、グレンは唇を外して耳元で囁いた。
「触って。撫でろよ」
さらに腰を押し付けてくる。
「や、やだっ」
肩を振ってグレンの腕を払い、離れようとした。彼のそこに触れるのが嫌というより、今の抱擁と口づけに、一瞬得体の知れないものを感じからだ。
「やだとは何だ」
半歩も離れない内に、またグレンに腕を掴まれる。
「さっきは喜んで咥えてたくせに。やだとか言える身分じゃないってことがまだ分からないのか」
答えられず、レジーナは視線をさまよわせた。先ほどの食堂でのことを思い出すと、何も言えない。なんて時間だったのだろう。顔に血が昇る。怒りに沸き立っていた心臓は、相変わらず鼓動が早い。だがそこから立ち昇るのは、炎のような憤怒から、もっと香り高いようなものへと形を変えていた。息が詰まるような気がする。
「来い」
グレンは強く彼女の腕を引き、奥の寝台に向かうと、掛け布の上に突き飛ばすように、レジーナの背中を押した。両手を縛られている彼女は、無様に顔から寝台に倒れこむ。起き上がろうと体を浮かせると、背後から頭を押さえつけられた。
「なにすんのよ……」
四つんばいになって、頭を押さえられている。屈辱的な姿勢に、体が僅かに震えた。
咎める声もまた、掛け布に押さえつけられてくぐもっている。振り返って睨もうにも、頭が動かせない。
グレンは答えずに、彼女の頭を押さえたまま、背後から髪をかき分け、首筋に唇を押し付けた。そのまま強く吸われる。舌と唇の感触、唾液の音に背が反れようとする。
そのまま生ぬるい舌が、背骨を沿って背中に下りていく。こそばゆいような感触がこみ上げて、息が弾んだ。さとられないように、顔を掛け布に押し付ける。
そのままグレンの舌が背中をちろちろと舐め、時折口づける。思わぬ快感に、声が漏れないように必死だった。
男の手が尻を撫で、せわしなくレジーナの脚の間に潜り込む。うつ伏せに寝台に押し付けられているので、グレンの動きは全く分からなかった。四つんばいのまま、脚を開かされる。
「よしよし、まだ濡れてるな。それとも部下にハダカを見せて興奮しちゃったか。とろとろだぞ」
秘唇を探るグレンの指に、先ほどから体内に留まっていた愛液と今また溢れてきたものがまとわりつく。男の指はそのまま陰裂の中を滑って陰核に触れた。痛みによく似た尖った快感が突き上げる。腰が反れた。
指がそこを緩く撫でて、時折軽く押しつぶすように力を込められる。息を呑む。持ち上げた腰を支える膝が震えた。痛いのか、心地いいのか分からない。その二つはとても近い感覚なのだと知った。
「……く」
押さえていた吐息が漏れた。息が切れて荒くなる。
「気持ちいい?」
背後から聞こえる柔らかいグレンの声に首を振った。
「素直じゃねーな」さらにグレンの指が陰核を強く押す。「こんな固くなってるのに」
「い……痛い」
掠れた声を絞り出すと、嘲笑が返ってきた。
「ほんとか? その割にはびしょびしょに濡れてるぞ。それとも痛いのが好きなのか?」
そう言いながらも、指の動きは少し緩やかになる。
そんなことを思いやらなくていい。優しさは恐怖より狡猾に忍び込んでくる。例えひとときの情事の間の、虚ろな気遣いだとしても。だからこうして、たった二日の間に心を許してしまった。
グレンの指はそこから離れて再び陰裂を滑り、膣の入り口に触れる。愛液にまみれたそこをゆっくり撫でられる。次に何をされるのか。グレンの姿が見えない為に、鼓動がさらに早くなり、いてもたってもいられないような甘やかな衝動がこみあげる。
「こっちに突っ込まれる方が好きか?」
長い指が強引に中まで入り込む。
「あっ……ああああっ!」
うつ伏せのまま、組んだ両手に額を押し付け、歓喜の声がほとばしる。神に祈る姿にも似ていると思った。祈願と同じ姿で、他人の男の前に、夫にも見せたことのない尻と性器を晒し、肉欲に震える。あまりにも罪深い。倒錯した快楽に絡めとられた。
「だらしないなあ。さっきの勢いはどうしたんだよ?」
グレンは指を前後に動かし始めた。僅かにレジーナの体が揺れる。合間に粘液がちゃぷ、という音をたてた。
「すぐ気持ちよくなっちゃうんだな。ダンナの留守中に、俺の前に何人ここに咥えこんだんだ?」
「そんなことっ……してない」
息がはあはあと荒い。そこから搾り出した声も語尾がおぼつかない。
「嘘だね。じゃあ何でこんなすぐめろめろになっちゃうんだよ。お前が淫乱だからだろが。それとも俺に惚れて、感じてんの?」
「……そんなわけない」
「そうだよなあ。単純に男が好きなんだよな。さっきも大喜びだったもんね」
先ほど、食堂の椅子でグレンに跨って愉悦を味わったことをまた思い出す。快楽そのものよりも、すすんで彼に膝を折り、従いたいと思ってしまった自分が恥ずかしい。そして今またあの時の甘い霧が脳裏に満ちていく。
グレンの手がレジーナの頭から離れた。掛け布に押し付けられる息苦しさからは解かれるが、相変わらず息は乱れている。
振り向くと彼は手早く服を脱ぎ捨てていた。その姿にどうしてだか胸が切なくなる。目が合うとグレンは再び手を伸ばして、レジーナの頭を寝台に押し付けた。
「そのままおとなしくしてろ」
「いやよ」
グレンの手が離れ、幾分頭が冷えたレジーナは体をひねって身を起こそうとした。
今、自分は何を期待していたんだろう。ここで彼とまた交わることが避けられないとしても、寝台の上で四つん這いになったままというのは、冒涜的に過ぎる。動物と同じ姿勢ではないか。
「いい加減にしろよ」
両手を結び合わされている上に、動作が緩慢だったレジーナは、たやすくグレンに捕らえられた。彼は再び彼女の体を反転させて、うつ伏せに寝台に押し付ける。レジーナの体の下から腰を持ち上げて、再び膝を立たせた。
「や……こんな格好じゃいやだ」
レジーナは首を振って哀願した。尻を突き出して、背後から牡と交わるのは動物と娼婦だけだ。この辺境ではそう考えられていた。当然、レジーナも夫とこんな姿勢で愛し合ったことはない。
「いやったって、俺が聞くと思う?」
背後から同じように四つん這いになったグレンの体が重なる。脚の間に彼自身が触れるのが分かった。男は床に手をつき、レジーナの耳元で囁く。
「お前みたいな高飛車な女でも、苛められると嬉しいんだな。ヘンタイ女め」
吐き捨てるように罵られ、レジーナは目を閉じた。頭の中に屈辱と陶酔が溢れ返る。グレンは腰を動かして、レジーナの入り口のあたりを、男性器の先端で撫でた。
「ほら、さっきみたいに言ってみろ。こんなべちょべちょにしやがって。どうして欲しいんだ?」
「あ……は……」じらされて、もどかしさに体の芯が震える。「欲しい……」
「それだけじゃわかんねーよ。何をどうして欲しいんだ?」
「入れて……」
グレンに掴まれた尻が広がり、そこに熱いものが入り込む。レジーナは腰を反らし、歓喜を叫んだ。だめだ。どうしてもだめ。我慢ができない。
「で、どうすんの?」
男性自身をレジーナの中に埋め込んだまま、意地悪くグレンは言った。挿入の甘美な衝撃に頭をくらくらさせたまま、彼女は潤んだ声で囁いた。
「う……動いて……」
「だめだ。突いてって言え」
グレンの低い声がなんて甘いんだろう。彼女は恍惚と喘いだ。全て受け入れて彼に身を任せたい。それは信頼など無くても、とてつもない安堵と快楽をもたらすだろう。
「突いて……後ろから突いて」
自分の言葉の淫らさに興奮する。いつからこんな女になったのだ。自分自身を叱り付ける意識すら彼女を欲情させた。
グレンがレジーナの腰を掴み、体を動かす。
「あああっ! うあ、ああっ!」
今までの交合よりずっと激しい動きに、レジーナは陶酔した。快楽がせり上がってくる。閉じた瞳の奥に光が散った。
「レジーナ、どうだ? お望み通り後から突いてやったぞ。嬉しいか?」
グレンの息も弾んでいる。肉同士がぶつかる音が寝室に響いた。
「う、嬉しい。気持ちいい」
がくがくと腰を揺さぶられながら、レジーナは頷いた。体内の深いところにグレンが突き刺さる。そこから生まれるのは、これまでのどの愉悦より激しく、熱く、堕落していた。声をこらえようとする意識も働かず、衝動のままに喉から叫びが突きあがる。
「あ……あ……ああああ! グレン……グレン……」
体の芯が震え、達しようとする予感が駆け抜けた。レジーナは背後から自分を貫く男の名前を呼んだ。
「気持ちいい……グレン……お願い、連れていって」
腰を何度も打ち付けられ、発情期の動物のように喘いでいるレジーナを、満足にグレンは見下ろした。なんて淫らな台詞だ。熱に浮かされたように自分の名を呼び、快楽を求める領主夫人の姿。ただの可愛い女だ。完全に屈服させた。
「レジーナ、もっと乱れて。もっと興奮しろ」
言いながらさらに腰を強く動かし、男根を彼女の中に埋め込むと、うつ伏せのままレジーナは喉を反らして叫んだ。
「う、あう、ああああああっ、グレン……! もっと……もっと突いて」
「このスケベ女」
吐き捨てて、抉るように腰を突き入れる。レジーナの中がひくひくと動くのが分かった。男根に秘肉がまとわりつき、締め上げる。
レジーナが背をさらに反らし、細く叫びながら体を震わせる。彼女の内部も呼応するようにさらに震えた。痛むような強烈な悦楽に、グレンもこらえていたものを放出した。
ひんやりとした冷気に目を覚ます。
部屋には燭台の明かりが満ちているが、小さく開けられた窓から覗く空は、まだ暗かった。
また抱かれたまま眠り込んでしまったらしい。グレンに後ろから貫かれて絶頂に導かれてからの記憶が無い。だが、結び合わされていた両手はいつの間にか解かれていた。
うつ伏せの姿勢から身を起こすと、すぐ隣にグレンがやはりうつ伏せのまま眠っているのが見えた。気配を察知したのか、グレンも身じろぎして目を開ける。眠っていてもやはり鋭い。
「寒いな」
開口一番、彼はそう言った。二人とも掛け布の上で体を重ね、そのまま寝てしまった。遅春の陽気に毛布も被らず全裸で寝ていれば寒いだろう。
グレンはけだるげに体を起こすと、掛け布の中に入り込んだ。レジーナは彼の隣に寝るべきか、今度こそ客室に向かうべきか、迷った。
「お前も入れよ。風邪引くぞ」
グレンに声をかけられ、一瞬ためらった後に、レジーナは掛け布をめくって、グレンの隣に体を横たえた。
多分もう互いに欲望は無い。その状態で寝台に二人で体を並べているのは、妙な気がした。だが、違和感というほどでもない。欲望が混じらない、友情にも似た親しさが漂っている。
「あのね……」
思い切ってレジーナは切り出した。
「なに?」
グレンは彼女の方を見もせず、仰向けになって天井を眺めたままだ。
「勅書、何が書いてあったの? 教えて」
彼は驚いたようにレジーナを見た。
「……なに、お前、あれ読んでなかったの?」
「無いって言ったじゃない。私は見ないまま、夫が写しを作って、ずっと封をしてあったのよ」
「ほんとかよ〜。じゃあ俺だって内容なんか知らねーよ。封をした勅書を、大公の手に渡る前に勝手に読めるはずないだろ」
では、グレンも内容はまだ知らないのだ。レジーナは肩を落とした。
「……返してもらえない?」
無駄だと分かっても、他に頼みようがなかった。静かに言うレジーナを見て、グレンはにやりと笑った。
「おー、なんだ。しおらしいな。俺はまたてっきり寝てる間に火かき棒かなんかで殴られて、俺の荷物を探されるのかと思ったよ」
「……そんなことしないわよ。殴ってあんたが死んでも困るし、死ななかったらもっと困るわ」
「そりゃそうだな。──悪いが、勅書は返せないね」
レジーナは一瞬怯んだが、グレンの腕に触れ、もう一度頼んだ。
「お願い。中をちょっと見せてくれるだけでいいの」
「だから封を破けないって言ってんだろ。自分が迂闊だったと思って諦めろ。どうせ大したこと書いてねーよ、安心しろ」
それは分かっている。だが、夫に来た王からの手紙を、確認することもなしに、他国の領主に渡すなど、不安が湧かないわけはない。
「これだけ頼んでも駄目なの? 元は私の主人のものなのよ。なんであんたに黙って渡さなきゃいけないのよ」
自尊心を折り曲げ続けた反動で、レジーナの胸には苛立ちが生じた。グレンも彼女を見て眉を寄せる。
「なに逆ギレしてんの。返して欲しかったら相応の見返りをよこしなさいよ」
「……なによ、散々抱いておいて。他に見返りなんか無いわよ」
「恩着せがましいな。お前の方が楽しんでたクセに。『もう許して〜』とか言ってたじゃん……う」
顔を赤らめたレジーナは、枕で思い切りグレンの顔を殴りつけた。男の視界が枕で塞がっている内に、寝台から跳ねるように起き上がり、物入れに駈け寄って下着をつかみ出すと、さっさと身につける。
何も素に戻った今、睦み合いの最中のことを持ち出すことはないではないか。そしてからかわれるような痴態を晒した自分自身も腹立たしい。
衣装棚から胴着を出して纏うレジーナを、枕をどけたグレンが見ている。見られているのは恥ずかしいが、服を脱いだときの屈辱と比べればどうということはなかった。恥らっている時間が勿体無い。
「おーい……話はもういいの?」
のんびりしたグレンの声を無視して、胴着の上から手近な服を取り出して被る。開けた物入れに、服を何着か放り込んで蓋を閉めると、抱えあげる。
振り向きざま、レジーナはグレンに言い放った。
「あんたと話すことなんかもう無いわよ。勅書の写しなんか、好きにすれば? どうせ大したこと書いてないでしょうしね」
「……万一書いてあったらどうすんだ? 大公が、副伯の留守中にお前を暗殺するように俺に言ってきたら?」
「それも好きにすれば? 黙って殺されてやる気はないけどね。あんたの五体のひとつぐらい道連れにしてやるわよ」
にやついたグレンの顔に精一杯の皮肉を投げつける。
グレンは物騒なレジーナの言葉に、内心肩を竦めた。寝る前までの可愛さはどこへ消えたのだろうか。誇り高い彼女を完全に籠絡したつもりでいたが、そうはいかなかったらしい。
(だめだ、こりゃ。性格だ。一生直んねー……)
レジーナは物入れを抱えたまま部屋を出ようとしたが、ゆるんでいた物入れの蓋が突然開き、中のものがまた床にばら撒かれた。
「あっ……」
「ぷ」
寝台で上半身を起こしているグレンが口元を押さえて吹き出した。彼はそのまま顔を背けて肩を震わせている。
かっこ悪い……。レジーナは暗澹たる気分で、屈んで再び物入れに落ちたものを手早く詰める。薄暗い部屋なので、全部拾えたかどうかは分からないが、もういい。
すっくと立ち上がり、無言で部屋を出る。扉を閉める直前、背後から「ぶははは」という、堪えきれない笑い声が聞こえてきたのが、たまらなく不愉快だった。
湯に浸って、見下ろす自分の体が、異物のようにも愛しくも感じられる。不思議だった。
避妊薬の副作用なのか、体がややだるかったが、客室で寝直した後、朝からまたレジーナはよく働いた。今日は役人を引き連れ、城下の外、農地や牧草地の領民を見舞いに行った。せまい領地とはいえ、山の中だ。一日で回りきれるものではないが、泊り込んで旅に出ることは避けたかった。まだ着いて一日しか経たない公国軍を残して自分が城を空けるのは不安があったからだ。一箇所だけ訪問し、夕方前に早々に帰ってきた。
当分はこの領地を周ることになるが、早めに兵卒たちが詰めている兵舎も視察したい。改築の具合や費用も執事と相談しなくては。
することは山ほどあった。
風呂に浸かるのは一日ぶりだ。昨日はそんな暇が無かった。
一昨日、公国軍が来る前に沐浴を済ませた時とは、自分が違ってしまったような気がする。実際、二日の間に何度もあの男に蹂躙され、押し広げられた陰部が湯に沁みて痛い。
自分の体のどこを見ても、グレンに触れられたことを思い出す。初めて夫と肌を重ねた後、嫌いだった自分の女の体が愛しく思えた。その時と似ている。だが与えられて刻まれたのは、愛情などではなく、堕落したねっとりとした情熱──欲望だけだ。
それを屈辱と思う一方で、誇らしいような気持ちも湧いてくる。
考えてみれば、夫が出征する半年ほど前から、この肉体が、それだけで夫を惹き付けたことはない。彼を惹き付けたのは、レジーナに対する愛情だった。そして惹き付けたのは夫の精神だけだ。それだけで満たされていると思っていた。
レジーナは湯船から体を起こし、体を拭いた。自分の手が自分の体に触れる。何でもないことなのに、たびたびグレンの愛撫が思い起こされる。
風呂のある棟を出ると、夕暮れが目に焼きついた。
風呂に入る前に侍女からの言付けがあった。今日もグレンが夕食を一緒にしたいという。自分の部下と食えよ、と伝言を返したかったが、そうもいくまい。
そういえば昔からグレンは、男同士の食事が嫌いだった。それぐらいなら一人で食べた方がいいと、仲間の輪から離れて食事することもあったという。実際どうだったのかは、レジーナは見たことが無いので知らない。何故なら、レジーナの顔を見れば当然こちらに寄ってきて、ちゃっかり彼女たちの仲間と混ざってしまったからだ。
その彼がよく男の園とも呼べる軍隊に入ったものだ。食事の時にその話を聞いてみたい気もした。
しかし夕食の後のことを考えると、気が重い。抱かれるのも嫌だが、そうでないのも、何となく寂しいような気がする。そんな自分がもっと嫌だった。
だが、グレンも若いと言ってもそろそろ三十を過ぎる頃のはずだ。そうそう毎日女を抱く体力は無いだろう。
考え事をしながら、人気の無い貯水槽のあたりに来た時、一人の男が貯水槽の蓋にかけられた鍵をいじっているのが見えた。
「ちょっと、何してるの」
彼女は男を城下の領民だと思った。だから自分の身は考えずに声をかけた。領民はレジーナの顔をよく知っているし、領主夫人であり、元冒険者である彼女を軽んじることはなかったからだ。
顔をあげた髭面の男は、見覚えが無かった。そして向こうもそう思ったようだった。髭に隠れた顔に、軽い驚愕が表れている。やがてその口元が下卑た笑みを浮かべた。
「おネエちゃん、何見てんだ」
おネエちゃん。少なくとも城下にいる領民が、レジーナを捕まえてそう呼ばわることはありえない。よそ者か、あるいは……
男は頬と顎に髭を生やしているが、まだそう年はいっていないように見えた。黒髪はぼさぼさだ。旅人かならず者のような風体だ。まっとうな堅気には見えなかった。
男は逃げるでもなく、レジーナに向き直った。人気の無い、城の外れの別棟だ。時刻は夕暮れ。偶然にもここを通りかかる人間は少ないだろう。ならず者が女を見かければ不埒なことを考えても不思議は無い。
だが、ここしばらくそういった類の人間はこの近辺に現れなかった。だから城壁や城門の警護も甘い。たまたま旅人狙いの追いはぎが外から入ってきた可能性もあるが、そうでないかもしれない。
男の目つきはすこぶる剣呑だ。人を呼ぶ為に声をあげたり、逃げる為に身を翻した瞬間、飛び掛ってくるような気がした。
レジーナは男に目を据えたまま、踵の高い靴を静かに足だけで後ろに脱ぎ捨てた。
男が大股に近寄ってくる。
「綺麗なねえちゃんだなあ。なあ、おとなしくしてろよ」
腰をやや落としたまま、寸前まで待って、伸びてきた腕を振り払った。男は舌打ちし、腰に差した短剣を抜いた。
「おとなしくしてねえとケガするぞ」
刃物を持っていたのか。内心、レジーナも舌打ちしたかった。自分は丸腰の上、動きにくい裾の長い服だ。愛用の短剣は、一昨日応接間でグレンに取り上げられた後、どうしてしまったのだっけ。
今はそんなことを考えている暇はない。
レジーナはゆっくり後ずさりながら、男が動くのを待った。刃物を出しても動じないレジーナに苛立ったのか、男は踏み込んで短剣を突きつけてきた。
「おい、動くなって」
その右手を思い切り掴んで引っ張り、傾いだ男の顔に反対の拳を叩きつける。
「ぶっ」
声をあげて男が仰け反った拍子に、掴んだままの右手をさらに引いて体を反転させ、腕をねじりあげた。
捻られて張った男の手首に、躊躇せずに渾身の力を込めて固めた拳を叩き込む。骨と骨がぶつかる。男が短い悲鳴をあげた。短剣が落ちる。
レジーナは怯んだ男の体を地面に押し付けようとした。だが男の脚が跳ね上がり、彼女の膝を打った。
痛みとともに蹴られた膝が僅かに崩れる。男に腕を振り払われてしまったが、腰が落ちたレジーナの方が、短剣を拾うのは早かった。
怒りの表情でこちらを向いた男は、レジーナが短剣を構えるのを見て、怖気づいたようだった。
「あんた、誰? 何してたのよ」
男の目に一瞬逡巡が浮かんだが、すぐに男は身を翻して駆け出した。
「待て、この!!」
レジーナは追いすがろうとしたが、裾が足にまとわりついて速く走れない。立ち止まって、男の脚目掛け、短剣を投げつけた。
「ぎゃっ」
短剣は男の尻に命中した。昔から彼女は短剣投げの腕は今ひとつだった。
尚も追いすがろうと、裾を持ち上げて男に駈け寄るが、尻に短剣をつきたてたまま、男も走り続ける。その先通路が城壁の裏口、暗がりに続いているのを見て、レジーナは追跡を諦めた。
動きにくい服の上に、丸腰だ。それに暗がりで男の仲間が待ち伏せしていないとも限らない。男の正体と目的は知りたかったが、自分の身の安全の方が大事だ。
緊張が解け、大きく息をつく。沐浴を済ませたばかりだというのに、服も体も土と砂にまみれてしまっていた。
貯水槽に戻る。幸い、鍵は壊されていなかった。
水はこの城の命だ。ここに毒でも盛られたら、公国軍の蹂躙など待たずに城内は全滅する。
かつては見張りを置いていたが、盗賊団を壊滅させてからは、それも無くなった。それだけ城下はまとまり、平和になったということだが、城壁や城門の警備も含めて甘すぎたかもしれない。
しかし、今の男は……。
城下の人間ではありえない。外から来た人間だとしても、この城の内部、貯水槽にたまたま入り込むならず者がいるだろうか。他に狙う場所はいくらでもある。中の人間でも外の人間でも無いとすれば、答えはひとつだ。
レジーナは脱ぎ捨てた靴を履いて大股で歩き出した。
何とか更新しました。
早くゆっくり書ける環境に落ち着きたいです。
作者ブログ『椰子の実ライブラリ』
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