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3話のやはりすぐ後の話です。

すみません、なっが~~い話になってしまいました。
時間がある時にどうぞー。
4.ねぐら
 つい先ほどまで礼儀正しく快活だった青年士官たちが、給仕をしていた侍女たちに襲いかかり、組み敷いている。華やかだった宴会場は悲鳴と怒声が飛び交う地獄と化していた。

 ──レジーナのそんな心配は杞憂だった。広間は出た時と変わらず、長テーブルに腰掛けた士官たちは酒を酌み交わし、ところによっては立ち止まる侍女を交えて、話に花を咲かせていた。見る限りでは、話に加わっている侍女たちも、強引に酌をさせられるでもなく、不快そうではなかった。
 彼女たち二人が木戸から広間へと入ると、気づいた士官たちが何人か顔を向けた。レジーナは極力表情を消して感情を押し殺す。庭で何があったのか、想像もさせたくなかった。
「お帰りなさいませ、お二人とも」
 その場の多くの者が、二人に声をかけるのをためらっていたが、最初に口を開いたのは、あのニコラスという士官だった。にこやかな微笑を浮かべているが、レジーナは自分が観察されているような気がした。
「中庭はいかがでした?」
 そつなくグレンに酒をついだ杯を差し出す。グレンはそれを片手を振って断った。
「いや、いらん。──副伯自慢の庭は素晴らしい眺めだったぞ。お前らみたいな無粋な連中がどかどか押し入っていい場所じゃない。庭師と相談するまでは、あそこは立ち入り禁止にする」
 士官たちが大袈裟に不満の声をあげたが、グレンは取り合わずに、レジーナの顔を見た。
「そういうことでよろしいですか、副伯夫人? あの美しい庭を無骨な軍人が踏み荒らしてしまうのは勿体ないですからね」
「……ええ。お気遣いありがとうございます」
 グレンとまともに目を合わせられない。レジーナは士官たちに微笑みかけた。
「いずれは庭師とも相談しまして、皆様にご覧いただきたいと思います。今はご辛抱ください」
 ニコラスは彼女の言葉に対して、体を折って礼を取った。
「残念ですが、副伯夫人のお言葉とあらば、いつまでもお待ちいたします」
「何だ、そりゃ。俺と同じこと言ってるのに、その態度の違いはなんだ」
 グレンはニコラスを軽く睨んだが、特に気分を害した様子は無かった。ニコラスも肩をすくめ、「失礼しました」と言うに留まる。意外にも士官たちとは気さくな仲らしい。
「それじゃ、俺は先に休むから、あとは適当にやっとけ。あまり遅くまで騒いで、御婦人方に迷惑かけるなよ」グレンは士官たちに言い捨て、レジーナを振り返った。
「では、奥方様、ご案内いただけますか?」
 レジーナは燭台を手に取り、無言で彼を促して歩き出した。
 通常、客人の身分が主人より高い場合は、客人の滞在中、主人は自分の部屋を提供する。ここの城主は副伯の爵位と領地を持っているが、客人であるグレンは大公からもらった騎士の称号を持つだけだ。厳密に言えば、身分は城主の方が上のはずだが、力関係を考えればそうも主張できない。
 グレンの背後にいる大公は、形としてはまだ王の臣下だが、急速に力をつけ、今度の遠征も一軍を送るのみで、自身の出征を病気を理由に断ったほどだ。領地と爵位をもらう代わりに、王からの出兵要請があれば、総力を連れて自ら駆けつけるのが臣下の努めであり、それをしないのであれば、謀反の意志があると思われても仕方がない。
 遠征中で、王も諸侯も反逆者に構うどころではないという時期とはいえ、最悪の場合は国内の勢力を敵に回して一戦交える覚悟と自信が大公にはあるということだ。その力は王に肉薄するほどのものだろう。
 その公国軍の一翼を担う司令官が客である。レジーナが主寝室に寝て、彼を客室に通すわけにはいかない。グレンの方で、相手が婦人だからと遠慮するならば話は別だが、到底そのような慎みを発揮する相手とも思えなかった。

 主寝室は予めグレンを休ませる為に整えさせておいていた。
 男の隙を狙うなら寝所で、情事の最中が最も適している。恐らく好色なグレンがレジーナを誘い込むだろうと予想はしていたが、そうでなくても自分から忍んでいくつもりだった。そこでグレンを殺し、夜の間に侍女たちと総出で士官たちを始末する。
 会談の最中に隙が無ければ、そうするつもりだった。しかし応接間での派手な失敗で、計画は水泡に帰した。
 既にレジーナにはグレンを殺す気は無かった。あの忌々しい男が言うことが本当であれば、この軍を撃退したところで、次の軍がやってくるだけだからだ。防衛に秀でた堅固な山城とはいえ、強大な軍事力を持つ大公を相手に、何年ももつわけがない。夫が戻った時に廃墟と化した姿を晒したくないなら、早々と軍門に下る方が得策だ。
 彼らの目的がこの城だというのなら、決死の抵抗という道も選ばざるをえないのかもしれないが、大公の軍の真の獲物は、切り立った谷の向こうの伯爵領なのだ。目の前を通り過ぎる飢えた獣の群れは、刺激せずに目を瞑ってやり過ごせば、こちらへの害は少ないかもしれない。
 そう考えれば、応接間でグレンに暗殺を見抜かれてしまった件は、失敗では無かったとも言える。あの時、グレンを殺してしまっていれば、今頃剣を振りかざして、ニコラスたちと切り結んでいただろう。そして勝てたとしても、束の間の勝利に過ぎなかったわけだ。だとすれば、暗殺を防いだグレンに感謝してもいいような気もした。
 彼も所詮は国の命令で進軍してきた一軍人に過ぎず、彼一人を憎んだところではじまらない。それに今のところは城内の人間は丁重に扱われている。……レジーナを除いて。
 先ほどの情交の際、グレンは彼女の体内に射精した。副伯夫人──跡継ぎを産む身に対して。万一のことがあれば、戦地から戻った夫にどう言えばいいのだろう。
 だが、望まない行為だったとはいえ、暴力によって陵辱されたわけではないのだ。通常、軍隊に蹂躙された女が辿る道を考えれば、あるいはレジーナも丁重に扱われていると思っていいのかもしれない。自嘲気味に彼女は考えた。
「レジーナ様」広間を出ようとしたところで、侍女が一人近寄ってきた。まだ年若い、十代の少女だ。「大丈夫でしょうか?」
 すがりつくようにレジーナの腕を捕らえる。その手が目に見えて震えていた。まだあどけない愛らしい顔は、今にも泣き出しそうだ。
「大丈夫よ、イブ。心配いらないわ」
 レジーナとグレンが寝室へと去った後、士官たちが自分に不届きな真似をしないか恐れているのだろう。レジーナはそう考えた。安心させるように、彼女の手を取り、優しく握る。
「そうですよ」後ろからついて歩いていたグレンが侍女に声をかける。「私の部下なら、夜が更ける前に退散するように伝えておきました。酔っ払って寝込んだ連中がいたら、朝まで放っておいてもらって結構です」
「いえ、私、レジーナ様が……」
 グレンの方を見ようともせず、幼い侍女はレジーナの手を握り返して続けようとした。レジーナも、この娘が彼女自身の身ではなく、他ならぬレジーナの身を案じていることに気づいた。レジーナとグレンが庭に出てから起こったこと、そしてこれから寝室でレジーナの身に起こることを心配しているのだ。
 彼女の心遣いが嬉しいというより、年端もいかない侍女に心配をかけている自分が情けなかった。
 イブも戦いの訓練を受けている。ここでレジーナがもし助けを求めれば、グレンにすら切りかかる覚悟があるのだろう。若く純真な少女は、夫以外の男に抱かれるレジーナが、城内の人間の安全と引き換えにするほどの、とてつもない苦痛を受けていると思っているに違いない。
「私なら大丈夫よ。広間の方をお願いね」
 優しく諭したが、イブはレジーナの手を放さなかった。
「でも……でも、私たちの為にレジーナ様が……」
 後ろにいるグレンが苛立つ雰囲気が伝わってくる。レジーナが口を開く前に侍女頭がイブの腕を掴んだ。
「イブ、こちらへいらっしゃい。仕事をさぼってはだめよ」
「でも……」
 侍女頭に答えるイブの声が嗚咽で微かに震えていた。侍女頭はそんな少女に向かってかぶりを振ってみせる。
「司令官様がお休みになるのだから、邪魔をしてはいけないわ。レジーナ様の客人なのよ」
 そう言い、グレンに向かって申し訳ございません、と丁重に頭を下げると、イブの手を引いて、士官たちが集まる方へ戻っていった。


「何あれ。お前侍女を手なずけてるの? 女の方が好きだったのか。だから旦那にもやらせなかったんだな」
 広間を出て、廊下を歩きながらグレンは勝手なことを言っている。
「違うに決まってるでしょ」
「それで可愛い子が多いんだな。いいなー、立場を利用して、よりどりみどりだな~」
「……人の話を聞きなさいよ。で、私に訊きたいことって何?」
「んん~? 何だっけ?」
 グレンは天井を仰ぎ、わざとらしくとぼけた。
 その態度が気にはかかったが、レジーナには自分がこの男にとって、有用な情報を持っているとは思えなかった。
 彼らの目的は伯爵領への侵攻だ。その為にこの山間に間道を作ろうとしているらしいが、他ならぬその急峻が隔たりとなり、この村と伯爵領とはほとんど交流が無い。
「まさか、またくだらないことじゃないでしょうね」
 燭台を手に、先に立って寝室に続く階段を上りながら、彼女は口を開いた。
「またとは何だ。くだらないってどんな?」
「侍女と女中が何人いるかとか、それぞれ何歳で独身かどうかとか……」
「わはははは」
 グレンは心底おかしそうに笑い、レジーナの背中をばしばし叩いた。馬鹿力のせいで少々痛い。
「お前も面白いこと言うなー。まあ、それは必要だね。部下に言って一覧表を作らせよう」
 何が一覧表だ、この底抜けの大馬鹿。女好き。
 心中で思い切りグレンを罵倒したが、肝心の件ははぐらかされてしまった気がした。


 レジーナも城主も主寝室に護衛をつけたことはなかったが、いつの間に手配したのか、たどり着いた寝室の前には、グレンの部下が一人控えていた。グレンにしてみれば、降伏したとはいえ、敵地で眠るのだ。安眠の為に護衛くらいつけておくのも当然かもしれない。
 この士官の目に自分はどう映るのか。巨大な軍勢の前に降伏し、総大将を寝室に招き入れる哀れな女城主。これから自分の主人と寝る女。
 レジーナは士官と目を合わせづらく、先に立って手早く扉を開けた。
「なんだ、鍵も掛けないのか。無用心だな」
 鍵穴すらついていない扉を見て、グレンは呆れたように言う。
「だって必要無いもの。誰も入ってこないし」
「田舎はいいねえ。公都では考えられないな。鍵も掛けずに高イビキこいてたら、翌朝には死体になってるぜ」彼は士官に顔を向けた。「……だそうだから、もう一人増やせ。鍵がつくまでは、当面二人で見張ってろ」
「はい」
 士官は姿勢を正して短く返事をすると、広間の方へと消えた。
「そんなにびくびくしなくても大丈夫だってば」
 自分に続いて寝室に入ってきたグレンに向かって、レジーナは苦笑しながら肩をすくめてみせた。
「私が一緒にいるのに、あんたを闇討ちしようなんて、この城内にいる人間は考えないわよ」
「へ~え」グレンは顔を歪めて笑った。「あー、そお。俺はここまでの案内を頼んだだけだけど、一晩中一緒にいてくれるつもりだったんだ」
 レジーナの顔が赤らむ。言葉の揚げ足を取られただけだと分かっていても、目に見えて動揺してしまった。
「なによ! あんたが訊きたいことがあるって言うから、付き合おうと思ったんじゃない。用が無いなら戻るわよ」
「おい、あぶねーよ。燭台振り回すな。火ぐらいつけていけ」
 レジーナは渋々と、寝室にいくつかしつらえた燭台やランプに火を移し始めた。
 揺らぐ明かりに浮かび上がる寝室は簡素だ。天蓋も無い寝台と、天井まで伸びた頑丈な樫の外套掛けが目を引くくらいで、後は衣装箪笥と物入れ、小さな暖炉くらいしかない。調度品の類もほとんど置いていなかった。
 できれば着替えたい。せめて新しい下着を出して穿きたいと思ったが、この小さな部屋ではグレンに見咎められるのは確かだったし、かと言って彼に着替えさせて欲しいと頼むのも気恥ずかしかった。
 
「あー、気持ちいい。ベッドで寝るなんて久しぶりだー」
 人を働かせておいて、グレンはさっさと寝台に寝転んでいる。長靴を履いたままの足が、洗濯したての掛け布に無造作に乗るのを見て、苛立った。
「靴くらい脱いでよ。せっかく綺麗にしてあるのに」
「……もー、うるせーなー。オメーは俺のかーちゃんかよ」
 文句を言いながらも、彼は起き上がって長靴の紐を解き始めた。その仕草にふと親しさのようなものを覚え、レジーナは自分の心を戒めた。必要以上に心を許してはいけない。彼が敵であることには変わらない。
 空気を入れる為か、小さく開けてあった窓から、春の空気が緩やかに部屋に入り込んで、燭台の炎を揺らす。レジーナが留め具を外して窓を閉めようとすると、グレンに止められた。
「いいよ、開けたままで。いい天気だし」
 グレンの言う通り、外には雨の気配も無く、まだ月が輝いていた。レジーナはさっさと窓辺から離れて、暖炉の側の燭台に向かい、火を移す。あまり寝台の方を見ていたくない。昨日まで自分が、そして半年前までは夫と二人で休んでいた寝台に、グレンが我が物顔で寝転がっているのは不愉快以外の何物でもなかった。彼女は暖炉を覗き込んだまま、グレンに声をかけた。
「暖炉の火は要らないでしょ?」
「いらんいらん。今日は暖かい。それより用が済んだら、レジーナちゃんも一緒に横になりなさいよ」
「遠慮するわ。……なんでそこでオネエ言葉になるのよ」
 自分が心の中で何かを待っている気がして、レジーナはことさら話をふざけた方へ持っていこうとした。早く、できるだけ早くここから出て、広間へ戻らなければいけないと思うのに、どこかでそれを引き延ばそうとしている。
「じゃあね。おやすみなさい。できれば永遠にね」
 心の奥底に溜まり始めたものを振り払うように、レジーナはそう言い捨て、背を向けて歩き出そうとした。
「あー、あとこれ、掛けといて」
 背中に何かが被さった。手に取ると、グレンの上着だ。寝台から自分に向かって放り投げたらしい。行儀が悪い。
 レジーナは仕方なく、外套掛けに掛けてやろうと思って振り向いた。寝台の端に腰掛けたグレンが上着どころかズボンまで脱ごうとしているのが目に入り、思わず声をあげた。
「ちょっと、なに脱いでんのよ!」
 グレンは驚いたように顔をあげた。
「……寝るからだよ。お前こそ何喜んでんの」
「喜んでない! あたしが部屋出てから脱げばいいじゃないよ」
「はいはい。こまけーな、いちいち」
 レジーナは動きを止めたグレンから目を背けて外套掛けに歩み寄った。
 燭台を暖炉の棚に置いて彼の上着を掛けながら、内心安堵した。黙り込んでいるよりは何か話した方がいい。妙な雰囲気にならずに済む。
 突然外套掛けの上に伸ばしていた右手を後ろに引かれた。

 何が起こったのか分からなかった。
 右手を引っ張られてよろめいた瞬間に、左手も掴まれ、体ごと反転させられた。そこにいるはずのグレンの姿が無い。いぶかしむ間も無く、そのまままた両腕ごと後ろに引かれ、背中に外套掛けが当たる。背中に回された両手首が合わされて、何かが巻きついた。
 動けない。やっと気がついた。外套掛けを挟んで、背中で手首を縛られてしまったのだ。
 両手を背中に回されたまま、窮屈に振り返ると、そこにいたグレンと目が合った。つい今まで欠伸をしていたというのに、素早い動きだ。靴を脱いでいたせいか、足音にも気づかなかった。
 縛めを外そうと手首に力を込めると、皮の感触に阻まれる。無理に動かすと皮膚が擦れて痛い。括りつけられた外套掛けは、天井と床の間に張っている頑丈なものだ。体を揺らしたぐらいではびくともしない。
「何の真似?」
 レジーナは正面に回りこんできたグレンを睨みつけ、押し殺した低い声で言った。並みの傭兵や冒険者ならひるむような、凄みの効いた声だ。実際、彼女の脅しを聞き、何人の男が怯えて涙目になっただろう。 
「これが歓待に対する礼なの? あんたの取り計らいには、十分に義理を果たしたと思うけど」
「まさか」グレンはにやにやと笑っている。レジーナの恫喝も全く効果が無い。「聞きたいことがあると言ったよな」
「それならさっき私から聞いたじゃない。あの時はくだらないこと言っておいて、今になって何よ。悪いけどね、縛り上げられて尋問されるような重大な秘密は持ってないわよ」
 まくしたてながら、内心レジーナは必死だった。自分で自分の感情を制御できるうちに、流れていくものをせき止めなければ。滑稽でもいい、害意や悪意でもいい、寝室に満ちる雰囲気が甘く、暖かくなりさえしなければいい。二人の間の空気を冷たく乾いたものに変えたい。いっそ、目の前の男にただ欲望のままに陵辱された方がまだましだ。それならこの男を憎むだけで事足りる。
「知ってる。お前が重大な情報を持ってると思うほど、俺もめでたくないよ」
 嘲笑されて、さすがにレジーナはむっとした。事実だが、あからさまに見下げられると腹立たしい。
「分かってんなら、さっさとほどきなさい。こんなことしなくたって答えてやるわよ。どうせ大した情報じゃありませんからね」
「聞きたいことは、そう多くない」
 レジーナの言葉を無視してグレンは話し始めた。「副伯に出兵要請が来た時、国王から勅書が届いたな?」
 レジーナは黙って頷いた。出兵要請の為に勅書を持った使者が訪れたことは、隠し立てする必要も無いし、普通のことだ。
「読んだか?」
「まさか。いくら夫婦でも、勅書は読まないわよ」
 これも本当のことだった。国王より臣下である副伯のみに宛てられた勅書を妻とはいえ、王の許しもなしに閲覧するわけにいかない。レジーナも読みたがらなかったし、夫も読ませようとはしなかった。
「勅書は、ダンナが持っていったのか?」
「決まってるでしょ。勅書無しでどうやってノコノコ陛下の前に軍隊連れて行けるのよ」
「写しも取っていないのか」
「無いわ。それこそ無用心じゃない」
 嘘だった。万一に備え、夫は自ら勅書の写しを取り、レジーナに託した。無論、レジーナは夫の身に何かあるまでそれを開封してはいない。
「なるほどね。つまんねー女」
 グレンは興味を失ったようにレジーナの元から離れると、再び寝台に腰掛け、腕組みしながら何事か考えている。その視線の先に、他ならぬ勅書の写しを隠した物入れがあった。感づかれているとは思えないが、ひやひやする。
「失礼ね。何がつまんないのよ」
「旦那に届いた手紙くらい、盗み見とけよ。愛人からの手紙だったらどうすんだ」
「バカじゃないの? 手紙届けるのにわざわざ王からの勅書を騙る愛人がどこにいんのよ」
 グレンはレジーナの言葉に返さず、再び何か考えているようだった。
 内容を知らないから判断がつかないが、国王からの勅書が、大公に取ってそれほど重大なものとは思えなかった。ただの出兵要請だと夫も話していた。
 レジーナは迷う。咄嗟に嘘をついたが、この寝室はしばらくグレンが使うのだ。その気になって彼が家捜しすれば、勅書は簡単に見つかるだろう。そうなってから痛くもない腹を探られるよりは、今素直に話しておいた方がいいかもしれない。
 しかし写しがあることを知れば、グレンが勝手に開封するかもしれない。いや、彼のこの口調からすれば間違いないだろう。グレンが直接読むかどうかはともかく、大公は勅書の内容を確認したがっている。
 明日にでもグレンが部屋を空けている間、そっと持ち出して客室に隠しておけば、見つからずにすむかもしれない。
「その勅書に何があるってのよ?」
 悶々と考え込むより、レジーナは直接疑問をグレンにぶつけてみた。彼はレジーナを振り返り、面白くもなさそうに答える。
「それが分かんないから聞いてんだろが。……お前の旦那が王位継承権を持つことは知ってるよな?」
 妻なのだから当たり前だ。頷きながら、レジーナは胸騒ぎを覚えた。
 夫は確かに王家の血を継いでいるが、遠縁だ。継承権を持っているとは言っても、両手の指に入るか入らないかというほどで、もとより夫も王位に対する野心など欠片ほども無い。
「まさか主人が、勅命で王位を譲られるかもしれないとか考えてるの? 何の後ろ盾も無く、こんな田舎城主が、血の繋がりだけで収まれるはずないじゃないよ」
 万が一、考えられないことではあるが、大公がそれを疑って、夫に刺客でも差し向けはしないか。遠い戦地にいる夫の身が心配で、レジーナは言い募った。現大公は継承権を持たないはずだ。
「そりゃそうだ。後ろ盾がなくちゃな」
 意味ありげなグレンの言葉をレジーナは訝った。
 そして夜明けの光が差し込むように、鮮やかに彼の言いたいことを捕らえた。反対なのだ。継承権を持たない大公が、簡単に傘下に納められ、傀儡とできる王位継承者こそ、大公領と隣り合った、小さな領主である夫なのだ。
 夫を完全な傀儡とすることができなくても、たくさんいる大公の娘の一人を娶らせれば、生まれた子供が次期の王となり、外戚となる大公には強大な権力が転がり込んでくる。
 その為に邪魔なのはレジーナだ。副伯の正妻。
 
 視界が揺れ、めまいがしたような気がした。
 わざわざ二千の工兵が間道を掘りにくる山脈だけではなく、他ならぬレジーナ自身の存在が、大公の野望の妨げになっているかもしれない。そう気づいて、かつて感じたことのない、恐ろしいほどの戦慄が駆け抜けた。
「何となく言いたいこと分かった? 勘のいいヤツだな」
 心の動揺を見透かすように、グレンは笑った。背筋がぞっとする。この男は確かに城内の人間や領民に狼藉を働いたり、略奪をする気は無いようだ。だが、場合によってはレジーナだけは始末する理由があるのだ。
 すっかり強張ったレジーナの顔を見て、さすがに哀れに思ったのか、グレンは立ち上がって歩み寄ると、彼女の頭を軽く叩いた。
「まあまあ、そう固くなるなって。俺は今のとこお前をどうこうしろって命令は受けてないわけだし。とりあえず勅書があるなら探せって言われただけだからね」
 グレンの言葉に無表情を装うのに苦心した。絶対に、勅書はグレンに渡せない。自分で内容を確かめるまでは。
「そんな重大なことが書いてあるとは思えないけど」
 やや落ち着きを取り戻したレジーナは、やっと口を開くことができた。
「読んだ後の夫の様子にも、何も変わったことは無かったし。大公はどこからそんな話を仕入れてきたのよ?」
「そりゃ、こっちの話だ。俺もよくは知らないし、知ってたとしてもお前に話して聞かせる義理は無い」
 鎌をかけたレジーナの言葉を無愛想にかわし、グレンは正面から彼女を睨んだ。
「もう一回聞いておくけど、本当に読んでいないんだな。勅書も写しもないな」
「無い。……こんなことになるんだったら、あんたの言う通り、読んでおくんだったわ」
 睨み合ったまま、ほんの数瞬、沈黙が落ちた。

 先に視線を外したのはグレンだった。
「あ、そ。じゃあもういいわ」
 心中までは読めないが、諦めたように肩を竦め、彼は寝台へ戻っていった。
「ちょっと! 用が済んだならほどいてよ!」
 安堵のせいもあり、レジーナは噛み付く勢いでグレンを怒鳴りつける。振り向いた男は薄笑いを浮かべた。
「やだね。大した話も聞けなかったし。俺は寝るから、一晩中そうやって悶えてろ」
「誰が悶えてんのよ……。冗談じゃないわよ! 肩がおかしくなるっつーの」
「夜中に大声出すなよ。……そうだなー、大股開いて『グレン様、抱いてください』って言うならほどいてやっても……イテ」
 我慢できずに放った低い蹴りがグレンの膝裏に当たった。勢いで踵の高い靴がすっぽ抜けて反対側の壁にぶつかる。
 わざとらしく蹴られた部分を押さえながら、彼は転げ落ちたレジーナの靴を拾いに行った。
「いって~。凶暴だな。降伏した方の女城主が、敵の大将にケリくれるなんて、聞いたこともねえよ」
 彼女の華奢な靴を手にグレンが近づいてくる。肩がぴくりと震えた。駆け抜けた戦慄が甘い。
 勅書の話に呑まれ、自分がしくじったことをレジーナは知った。

 目の前に立ったグレンは、いきなり手を伸ばして、真正面から彼女の胸のふくらみを押さえた。力を込められ、鈍い痛みを覚える。思わず顔をしかめた。
「コラ、『ごめんなさい』は?」
 強めにレジーナの乳房を握りながら、グレンは続けた。まるで子供の躾をするようなふざけた言葉に、苛立ちがこみ上げる。
「ふざけないでよ」
「ふざけてんのはお前だろ」グレンの眉が吊り上った。「甘い顔してりゃ調子に乗りやがって」
 心臓が跳ねた。
 不覚にも怯んでしまう。脅しに関しては、相手の方が圧倒的に上手だ。
 グレンは腰を屈め、脱ぎ捨てていた彼の長靴から、薄刃の小刀を抜いた。靴の内側に仕込んでいたらしい。
 縛められた状態で刃物を向けられ、さすがにレジーナは言葉を失った。彼が今さら自分を傷つける理由は思い当たらないが、抵抗できない状態で刃物を出されるのは、理屈抜きに恐ろしい。
 黙りこんだレジーナを前に、グレンは幾分表情を和らげた。
「あんまりびびってないんだな」
「……びびってるわよ。できれば早く引っ込めて」
 精一杯気の張った声を搾り出す。グレンはそれに取り合わず、彼女の服の胸元を引っ張り、小刀を押し当てた。
「動くとケガするぞ」
 レジーナが彼が何の為にそんなものを持ち出したのか、思い当たると同時に、布地が裂ける音が響いた。

 小刀で引き裂かれた衣装の間から素肌が覗く。
「やめてよ……なにするの」
 男が自分の体に傷をつけるつもりがないと分かっても、恐怖に体が慄いた。抗議の声も今までにないくらい、押し殺した小さな声になる。
「高飛車な副伯夫人に、もうちょっとおとなしくなってもらおうと思ってね」グレンはうっすらと笑った。「どっちみち、この服はもう破けてるんだろ」
 そう言うと、レジーナが武器を取り出す為に入れておいた切れ込みを探し出し、両手で乱暴に引き裂いた。ドレスは裾まで裂けて、すんなりした脚が剥き出しになる。
「いやっ、やだ」
 少女のような悲鳴をあげたレジーナは、自分を襲っている恐怖が何なのか分からず混乱した。命の危険は無いと分かっているのに、頭は半分恐慌している。
 夫は常に紳士的で優しかった。冒険者時代に迫ってきた男たち──当時のグレンを含め──は、パーティ仲間が追い払うか、手練れの女戦士である彼女自身で撃退できた。レジーナは自分が到底敵わない男に、女として襲いかかられたことがなかった。それは彼女が初めて覚える、異性──男に対する本能に近い恐怖だった。強大な敵や怪物に対して覚える恐怖とは、根底から違うものだ。その底に澱んでいる、高揚感に似た感情が、心臓を弾ませる。
 レジーナの声に却って興奮したように、グレンは彼女の服を裂いて、スカートの襞の部分を所々むしりとった。
「いっぺんこのドレスをびりびりに破ってやりたかったんだよね。公都の貴族女にはとてもできないからな」
 適当にレジーナの衣装を裂いた後、グレンは小刀を放り出した。それを見て、レジーナの胸に小さな安堵が下りる。後には先ほどの恐怖の残り香が、濃密な芳香を放っていた。

 清楚に仕立てた淡い緑のドレスは、見るも無残な布の残骸となって、レジーナの体を覆っている。片方の乳房は半分剥き出しになり、乳首まで覗かせていた。腹にできた裂け目からは、形のいい臍とその下の蜜色の陰毛が僅かに見える。スカート部分の襞もかなり取っ払ってしまったので、ストッキングだけを穿いた、白い両脚が露出していた。
 グレンは、レジーナが猛然と食って掛かってくるだろうと想像していたが、意外とすぐにおとなしくなった。元は歴戦の女戦士でも、刃物を向けられるとそれなりに恐ろしいらしい。たまには素直なレジーナもいい。
 彼は布の裂け目から手を差し入れ、レジーナの乳房に触れた。今度は優しく撫で回す。彼女は縛られたまま身じろぎしたが、制止の声も無い。無言で身をよじりながら恥ずかしさに耐えている様子が、グレンの嗜虐心をかき立てた。
 服の裂け目を手で乱暴に引く。広がった場所から、柔らかく弾む乳房を掴み出すと、レジーナの目に入るように、指で乳首を挟んで弄んだ。
「う……」
 俯いた彼女が苦痛とも快感とも取れる微かな声を漏らした。
 庭で抱き合った時は、この女は手で口を覆って必死に声をこらえていたが、両手を後ろで縛られていてはそれもできないだろう。肩甲骨が寄り、胸を突き出す姿勢が、乳房の豊かさを強調している。
 顔や手は高地の日差しで多少日焼けしていたが、普段服に包み隠されている部分は、滑らかで白い。彼が今指先で弄っている乳首も可憐な薄紅色だ。摘んだままそこを引っ張ると、ふくよかな乳房が形を変える。痛みの為か、レジーナは声を堪えて首をすくめた。
 もう片方の手で、ほとんど垂れ下がるだけの布切れとなったスカートをどけて、太ももを撫で上げてやると、そこから僅かに震えが伝わってきた。絹のストッキングの手触りは心地よいが、女の素肌の感触を味わうには邪魔だ。
 これも引き裂いてやろうと思ったが、そこで妙な貧乏性が顔を出した。この小さな山城では、絹のストッキングは貴重ではないのだろうか。彼との会談の為に一張羅の絹の靴下を穿いてきたのかもしれないのに、破いてしまっては可哀相だ。
 屈辱と苦痛に顔を歪めるレジーナにそっと口づけ、グレンは丁寧に靴下富めからストッキングを外してやった。
「破かないように脱がしてやるから、脚上げな」
 無論そう言ったところでレジーナが素直に従うはずはない。グレンは返事も待たず、勝手に彼女の片脚を抱えるように持ち上げ、傷をつけないようにストッキングを脱がせた。
 もう片方も同じように、靴下留めから絹の靴下を外す。急に穏やかになったグレンにレジーナは戸惑っているようだった。
 脱がせてやろうと脚を持ち上げると、股間からねち、という粘液質の淫靡な音がする。思わず屈みこんで覗き込んだ。瞬間、レジーナは脚を下ろそうとするが、力を込めてそうさせなかった。脱ぎかけのストッキングを纏った脚の付け根の奥に、茂った金色の恥毛とそこに包まれた陰裂が見え隠れする。刺激的なんてものではない。淫猥だ。半分ほど固くなっていた彼の下半身に血が流れ込み、膨らんでいく。
 愛液でぬめっているだろうそこに、今すぐ指を突っ込んでやりたい衝動をこらえ、再び丁寧にストッキングを脱がせ、ついでに片方だけ履いたままの靴も取り払った。

 靴とストッキングを脱いだ素足の甲に、膝をついたグレンが口づけした。甘い痺れがそこから全身に広がる。こんな体の末端でも、唇の感触が分かる。熱っぽい頭でそう考えた。鍛え上げて、全身がいかついグレンでも、唇はレジーナの足の甲より柔らかい。
 縋るように男の手がレジーナの脚を撫で上げ、唇も足から脛へ、膝へと、時折蠢きながら這い上がる。くすぐったさに似た感覚。歯を食いしばって声を堪えるが、体が震えてしまう。
 つい今まで乱暴に服を引き裂いて、乳房を弄んでいた男が、今は忠実な彼女の賛美者のように、礼儀正しいほどに丁寧に脚を愛撫している。自分の感情が彼の言動ひとつひとつに乱されていると知っていても、制御できなかった。
 膝に唇を滑らされ、甘噛みされると肩が震えるほどの快感が走る。
 グレンは膝より上に口を滑らせることなく立ち上がった。レジーナを見下ろしながら、手を伸ばして彼女の髪を撫でる。その慈しみに満ちた手つき。燭台の炎に揺らぐ、自分を見つめる瞳の優しさ。先ほどとは別人のようだ。意識がよろめきそうだった。

「じゃあね、おやすみ」
 子供にそうするように、彼女の頭を撫でると、グレンは体を離して踵を返した。
 肩透かしどころではない、愕然とした気分を味わった。
「待ってよ」呼びかける自分の声が艶かしい。「ほどいて」
 先刻、グレンを思わず蹴った時のような力はもうどこにも無い。
 グレンは振り返らず、再び寝台に腰を掛けて、寝支度を始めた。上半身の肌着を脱ぐ。
「ねえ……、話は終わったんだから、ほどいてよ」
「やだっつったろ。お前、ろくなこと話さなかったじゃない」
 グレンは彼女の方を見ようともしない。
「だって、知らないんだもの。しょうがないでしょ。朝まで縛り付けられる理由にはならないわよ」
 肩を背中に回されたまま過ごすのは、酷だ。寝ることもできない。レジーナは必死に言い募った。それに、潤んできた体の奥が熱を持っていてつらい。グレンが寝ている側で、このまま過ごすのは、どんな気持ちだろう。一度抱かれたせいか、夫ではない男、自分を愛してすらいない男と肌を重ねることに対する罪悪感が、音も立てずに崩れ去っていく。今自分の体に澱み始めている愛欲が、それを呑み込んでしまう。
「お前も可愛げないなあ」
 ズボンに手をかけたグレンがやっと振り返った。思わずその股間に目を向ける。そこは服の下から布地を押し上げて張っていた。
 可愛げないのはどっちだろう。自分だって興奮しているくせに。
 顔を赤らめながら、ほんの少し優越感を感じた。そんなレジーナの心中には全く気づかず、グレンは言葉を続ける。
「ほどいてほしいなら、お願いしてみろよ」
「さっきから何度もお願いしてるじゃない」
「ありゃ命令だろ。ほどいてよ、とか怒鳴っちゃって」
「怒鳴ってなんかない……」
 レジーナの言葉にはもう力が無かった。張りのある低い声から力が抜けると、空気を震わせるような艶っぽい声になる。
「たまには可愛く、ちゃんとお願いしてみろ」
 グレンは寝台に腰掛けたまま、体だけレジーナの方に向けた。彼がいる場所はやや暗いが、彼女が縛られている場所は、すぐそばの暖炉に燭台があって、明るい。窓から吹き込む微風で、時折炎が揺らいだ。照らされるレジーナは、ぼろぼろに破かれた服から素肌を覗かせている。左の乳房が破れ目から引っ張り出されているのが哀れで悩ましい。しっかりと閉じられた脚の間は、直接には見えないが、その奥は先ほど音を立てていたように、愛液に濡れているはずだ。
 グレンもまた、相手が興奮していることを知って、小さな優越感に浸っていた。

 レジーナは自尊心が高い。相手にへつらうことが苦手だ。夫を含め、それを知る彼女の周囲の人間は、彼女の自尊心を刺激することを好まなかった。それがレジーナの怒りをかき立てると知っているからだ。すすんで彼女の怒りを買いたいという人間はいなかった。彼女の怒りなどものともしない、目の前の男を除いて。
「お願い、ほどいて」
 屈辱をこらえて、押し殺した声で言うと、グレンは大袈裟に腕を広げた。
「はあ~? 何それ。人に物を頼む態度じゃないな。口のきき方もなってない」
 その薄笑いを浮かべた顔を殴りつけてやりたいと思うのに、体を動かせないというもどかしい思いが怒りとは違う場所に火をつける。顔が熱い。
「ほどいてください……」小さな声は恥辱に震え、掻き消えそうになる。「お願いします」
 まともにグレンの顔を見られず、俯いて目を閉じて、溢れる感情に耐えた。心の底から恥ずかしく、悔しかった。でも湧き上がってくるのは怒りではない、別のものだ。
 寝台から下りたグレンが、こちらに歩いてくる気配がする。自分はそれを待ち望んでいる。
 顎に手をかけられ、顔を上げさせられた。くちづけを落とされる。互いの乾いた唇が触れ合った。すぐに男の舌が忍び込んできて、乾いた唇が潤う。ほんのひと時だけ。唾液はすぐにまた乾いてしまう。

「よくできたな」
 唇を離して呟くグレンの声が、耳から入り込んで頭の中まで撫でる。依然顔が触れ合うほどの近さのままだ。ただ近いというだけで、何故こんなに心が騒いで乱れるのだろう。
 彼女の頬に手を触れ、指先で耳を玩びながら、グレンは続けた。
「もう一度お願いしてみろ」
 命令されている。そう知った事実からにじむ、甘く切ないほどの香りにレジーナは陶然とした。頬を押さえられ、顔を逸らせない。羞恥に目がくらみそうだった。グレンはその弱々しい視線をただ受け止めている。
「お願いします。どうか、ほどいてください……」
「そーか、そーか」
 彼は心底嬉しそうに笑うと、再びレジーナの頭を撫でた。
「そんなにお願いするなら、ほどいてやってもいいけど、その前に俺のお願いも聞いてよ」
 レジーナが頷く前に、男は彼女の両肩を掴んで押し下げた。
「膝をつけ」
 言われるまでもなく、肩を押してくるグレンの力に屈して、両手を縛られたまま膝を折ったレジーナは、彼の意図を悟って身を竦ませた。
 いつの間に脱いだのか、グレンは全裸だった。膝立ちになった彼女の目の前に、彼の屹立した男性自身が突き出される。月だけが照らす薄闇の中でなく、三本の蝋燭から生まれる炎の明かりで、はっきりと見える。重さに逆らって立ち上がるそれは、怒張して赤黒く染まっている。先端だけはつるりと薄桃色をしていて、そこから僅かに透明な液を滲ませる姿は、凶暴で醜悪な、何か別の生き物のようだ。
 男性器をこんな間近に、明るい場所で見るのは初めてだった。
 修道院で子供時代を過ごしたレジーナは、貞操観念は人一倍強かったが、どうすれば男性が喜ぶかということは、その後に身を置いた冒険者世界で、嫌でも周りの人間から耳にした。酒が入った席で年頃の男女が集まれば、この手の話題は出てくるものだ。
 だが、結婚する前もその後も、彼女はそれに口で触れたことはない。一度だけ、同衾した時に夫の手に導かれ、暗闇の中、手で触れたことがあるが、陰毛の間から固く伸びた男根の手触りに、興奮どころか羞恥と嫌悪すら覚えた。それが自分の中に入り込み、快楽を与えてくれると知っても、直接触れて慈しむことができるかどうかは別の問題だった。言葉に出さなくても、彼女が嫌がっているのが分かったのか、夫はそれ以降、無理にレジーナに性器を触らせたことはない。
 愛を交歓する際に、このように部屋中に明かりを灯したこともない。秘め事は多くの場合、暗闇で行われた。時たま窓を小さく開け放って、月光を招き入れたり、夫がレジーナの許しを得て、小さなランプに明かりを灯し、寝台から離れた場所に置いて、柔らかい薄闇の中で愛し合うことはあった。しかしレジーナは自分の体をこんなに明るい場所で夫に晒したことはなく、夫の裸体を隅々まで見たこともなかった。

 異物に対する恐怖と混乱、そして波が返すように戻ってきた夫への罪悪感で、彼女は硬直する。グレンは右手を彼女の頭に置いて言った。
「早くしろ。ほどいてほしいんだろが。俺だってさっきしてやっただろ」
 中庭でのことを言っているのだ。立ったままの自分の秘部を屈みこんだグレンの舌で愛撫され、喜悦に乱れたことを思い出して、レジーナは震えた。下腹部が熱をもってくる。今は丁度逆の姿勢だ。
「できない……」
 目を閉じて首を振るレジーナに、グレンは眉を寄せた。金髪の小さな頭に置いた手に力を込める。
「あ? 何今さらかまととぶってるんだ。ダンナにしてるのと同じようにすりゃいいんだよ」
「したことないもん」
 レジーナの幼女のような口調に、グレンの苛立ちがふっと解けた。一瞬、ふざけているのかと思ったが、突き出された陰茎から顔を逸らして目をつむっている様子は、普段の彼女に似合わず、しおらしい。これが演技なら大した女だし、そうでないなら意外と可愛いところがある。
「嘘つけよ。仮にも人妻だろ、お前」
 さらに半歩踏み出して、男性器をレジーナの顔に突き出す。先端が頬に触れると、彼女はびくりと揺れ、顔を引いた。その柔らかい皮膚の感触、小作りの美しい顔に、自分の男根が触れたという実感が、さらに血をたぎらせた。お上品で小さな口に男根をねじ込み、精液を顔にぶちまけてやりたい。
 膝を折ってへたり込み、外套掛けに背中を押し付けるくらい身を引きながら、レジーナは目を閉じたまままた首を振った。
「だって、させられたことないもん……やだ」
 やだで済むか。
 沸きあがる嗜虐心に思わず口元が緩んだ。レジーナはこれ以上後退できない。まるで暴れ回っていた肉食獣が逃げ場を失い、腹を見せて降参したようだ。
「ほんとかよ? 随分つまんない夫婦生活だったんだな。そんなだから、すぐ飽きちゃうんだよ」
「余計なお世話よ……」
 目を開いて言い返そうとしたレジーナは、陰茎が目の前に突きつけらているのに気づき、また視線をさまよわせた。この反応は、本当に男のものをちゃんと見たことが無いのかもしれない。男根に飛びついてくるような女には、もう興ざめだが、ここまで嫌がられると、少し寂しい気もする。
「まあ、どっちでもいいよ。この際お前のダンナは関係無い。やり方知らないなら言う通りにしろ」
 グレンは性器の先端を再び彼女の顔に軽く押し付けた。漏れ始めている分泌液が頬に付着する。首をさらに捻って逃れようとするレジーナの顔を片手で押さえた。亀頭が紅く乾いた唇に触れる。そのまま口を開かせて、無理に押し込んでもいいが、この様子では、下手をすれば噛み付かれそうだ。
「簡単だよ」努めて優しい声を出しながら、レジーナの髪を撫でてやる。「歯を立てないようにして、優しく舐めて、咥えればいい。うまくできたら、ちゃんとほどいてやるから」
 穏やかな声に、多少感情が落ち着いたのか、レジーナはうっすらと目を開いた。そのくもった緑の瞳。嫌悪と羞恥の奥に、悦楽を探る好奇心が揺れている。

 時折グレンが囁く穏やかな声には、決して逆らえない。耳朶の奥に甘く忍び込んで、意識を溶かされてしまうようだ。
 レジーナは意を決しておずおずと、昂る男性器の先端に唇で触れた。尿の匂いに混じって、生臭い男の匂いが鼻の奥をついた。湧き上がってくる嫌悪感をこらえると、涙がにじんだ。わずかに舌を出して、先端を舐める。小さな穴から溢れていた透明な液が唇の中に滑り込んだ。不思議と微かに甘い。
 頭に置かれたグレンの手に力がこもった。
「いいよ。もっと舐めて」
 言葉の隙間の息遣いが荒い。自分に触れされることではなく、自分が触れることによって、この男も快感を得ているのだ。高まってくる優越感は、闘争心にも似ていた。レジーナはさらに舌を伸ばし、二股に分かれた亀頭部分を舐める。唾液が溢れ、乾いていた唇が潤う。同時に男の性器を濡らす。唇に触れたその感触は、鍛えた肉体の中でそこだけが頼りなく柔らかいことを伝えてくる。頭上から喘ぎのような吐息が降って来た。
 好奇心に勝てずに、舌を這わせたまま首をあげる。グレンも自分を見下ろしていた。瞳からも口元からも力が抜けかけた、無防備な表情だった。昂りながら弛緩している、恐らく男女が睦み合う時にしか見ることのできない表情。自分も男に愛撫され、こんな顔をしていたのだろうか。暗闇でしか抱き合ったことのない夫も。
 レジーナはさらに舌を伸ばし、唇で先端を咥えながら、舌で包み込むように舐めた。グレンの表情がさらに歪む。すぐ目の前にある陰茎はぴくぴくと震え、さらに膨らんだ気がした。
「もっと……奥まで咥えろ」
 頭を押さえられたまま、それがさらに口に押し付けられる。命令口調で強要されているのに、不快ではない。どころか自分の体の芯も膨れたような熱を持ち、内部から股間へと溢れ出してくる。駄々をこねる子供に屈するような、満足を伴った心地よい敗北感が、甘やかに意識を痺れさせる。
 レジーナは緊張から舌を慄かせながら、口を大きく開けて、そそり立つ異形の性器を包んだ。生臭い匂いが、口の中から鼻にまで突き抜けた。不快のあまりえずきそうになる。嫌悪も羞恥も消えていないが、それを赦して受け入れる自分。どうしようもなく淫蕩だ。今まで知らなかった。
 触れられ、撫でられ、体の内部まで探られて、抱かれた。その度に自分を覆っているものが剥がれ落ちていく。徐々に魂が暴かれていくような不安と当惑。そして同時に快楽を感じる。
 彼女は唇で愛撫するように、舌をまとわりつかせながら、陰茎を頬張った。口が塞がれて呼吸がしにくい。
「あ……」
 レジーナの髪を握り締め、堪えられないように漏れたグレンの愉悦のため息が、さらに彼女を興奮させた。舌を蠢かせ、咀嚼するように唇でそれを撫でると、口内の男の性器から甘い液体がまた溢れたのを感じる。
 何ていうことだろう。今、自分は彼を悦ばせることしか考えていない。恥を捨てても、グレンに快楽を与えてやりたい。もっと。もっと気持ちよくなって、顔を歪めて、声をあげて。

 見下ろすレジーナの端正で小作りな顔。小さな顎をいっぱいに開いて、陰毛から伸びる男性器をくわえ込んでいる。あの潔癖なはねっ返りの少女が、美しい女になり、夫を持つ身となり、夫のものも含んだことのない口で、彼の男根を舐めて、愛撫している。自分が初めて、この女の口の中に男性器をねじ込んだのだ。
 羞恥と興奮に潤んで、泣き出しそうにも見えるレジーナは、しかし彼の様子を伺うように、それを口に含んだまま、こちらを見上げている。征服感に酔いながらも、グレンは自分が逆に屈辱に震え、被虐的とも言える気分を味わった。
「もっと、顔動かして」
 荒い息をつきながら、グレンは腰を動かして、一物をレジーナの口の中に軽く押し込んだ。彼女は顔を歪めたが、彼の動きに合わせるように、顎を律動させて、口の中の柔らかい肉で彼自身をすりあげた。レジーナの口からあふれ出す唾液が、律動の合間に湿った音を立てる。強烈な快感が体を駆け巡り、背筋が震えた。

「もういい」
 唐突に口の中から引き抜かれた。溢れていた唾液が唇からだらしなく滴る。グレンの呼吸も乱れていたが、レジーナは完全に息を切らせていた。顎を閉じようとすると、小刻みに震える。
「よかったよ、レジーナ」
 グレンは反り返った男性器官を彼女の目の前で晒したまま、レジーナの頭を撫でた。ひととき入れ替わっていた立場はまた逆戻りだ。レジーナは今さらながら、自分のしたことに恥じ入ったが、もう意識は熱く濁っていて、半分朦朧としている。
 グレンは屈み、座り込んだ彼女と視線を合わせた。今しがたれレジーナが与えた快楽で、彼の顔も上気している。
「ほどいて……」
 熱に浮かされた様にレジーナは言った。本当にそれを望んでいたのかもう分からない。ただ、グレンに何か訴えかけてみたかった。冷たく拒絶されても、優しく受け入れられてもどちらでもいい。どうされても自分に響く場所は多分違わない。
「いいよ」
 グレンはそう言ったが、彼女の縛めには手を伸ばさず、座っている彼女の両脚の膝裏に手を差し入れて、そこを持ち上げた。
「わっ、やっ……」
 予想もしなかったことに、レジーナは小さな悲鳴をあげた。尻が男の方に引かれ、背中が倒れる。両脚の膝を立てられてしまった。腰のあたりに辛うじてまとわりついている、ドレスの残骸をグレンが無造作にどけると、自分では決して見えない陰裂が、男の前に晒される。
「いや、見ないで」
 そう言葉にしただけで、自らの声に反応してそこがさらに濡れる。グレンに開いた両膝をしっかり押さえられて、脚を閉じられない。
「なんでだよ。俺のもじろじろ見てたくせに」
 彼は膝立ちになり、横手の暖炉の方に手を伸ばした。鍛えられた脇腹の筋肉が張るのを見て、鼓動が高鳴る。
 光と熱が降ってくる。グレンが手に取ったのは、レジーナが火を灯した燭台だった。それを手に、グレンが再度彼女の秘部を覗き込む。剥き出しの脚に蝋燭の炎の熱を感じる。あまりの恥辱に、かっと熱が頭に上り、意識が遠のきそうになった。
「や、やめてっ、やめて」
「だってよく見えないし……暴れるとヤケドするぞ」
 庭では、月明かりだけでよくは見えなかったが、熱を持つ炎にはっきりとそこが照らし出される。
 予想はしていたが、レジーナの中心部は粘液にまみれていた。元からなのか、興奮しているせいなのか、蜜の色の陰毛から覗くそこは赤黒い。触れると愛液がからんでまとわりついた。レジーナが喘ぐ。そっと押し開くと、意外と色の濃い肉襞が見えた。
「おまえ、ここもダンナに見せたことないのか?」
 上ずる声で囁くと、これ以上ないくらい無防備な姿勢の女は首を振った。
「あるわけないじゃない……」
「あ~そう」
 平静を装って返事を返したが、内心踊りだしたいほどだ。何につけ、初めてということが好きな男だった。気位の高いこのレジーナが、夫にすら見せたことのない場所を、蝋燭で照らしながら観察しているのだ。鼻血が出るんじゃないかと思った。
「見せなくて正解だな。ちょっと黒っぽいぞ、ここ。ダンナに見せたら、やりまくってると思われただろうな~」
「嘘よ」
 泣きそうな声でレジーナは抗議したが、本当だった。彼女の襞はやや灰色に染まっている。珍しいことではなく、特に体をよく動かす女は、摩擦でそうなることが多いと、グレンは以前にどこかの娼婦に聞いたことがあったが、レジーナのとてつもない弱点を発見したような気持ちになった。
「ほんとだって。ほら、ここ」
 指でそこに触れて撫でると、絡んだ愛液がねちねちと淫靡な音を立てた。その柔らかさに導かれるように、さらに襞を押し開くと、無垢なほど鮮やかな薄紅色の秘肉が目に飛び込んでくる。レジーナが身じろぎする度に動き、下部にある小さな裂け目は口を開いて、白く濁り始めた粘液をしとどに垂れ流している。
 我慢できずに指をあてがうと、先ほどの交合のためか、広がったそこは簡単にグレンの中指を飲み込んだ。温かい。熱いほどだ。
「あ……ああ」
 レジーナの声は切ない歓喜にうち震えている。

 体内に入り込んでいた無骨な指は、ほどなく引き抜かれた。その感触の残滓が熱となって膣に残る。
 グレンは不意に彼女の乳房を握り、その先端に軽く吸い付くと、半端にまとわりついた衣服を完全に引き裂いた。実際には、傷ひとつつけられていないのに、布が裂ける音を聞くとまるで自身がいたぶられているような気がして、触れられもしないまま、レジーナは喘いだ。下半身の布切れも取り去り、彼女の引き締まった腰にあった靴下止めをどけられた。最後に、正面から抱き締められるように背後に手を回され、やっと手首が解放される。自由になった。もう動けるはずだった。

 互いに生まれたままの姿だ。
 グレンの顔は、手首を解いた時のまま、ごく近くにある。互いの息が顔にかかり、前髪がからむ。レジーナの張り出した乳房の先端はグレンの胸に触れ、グレンの熱く立ち上がった彼自身は、レジーナの下腹部に押し付けられている。
「ほどいたよ」
 目の焦点も合わせづらいほどの近さのまま、グレンは囁いた。熱を押し殺したような声に、体中から官能が溢れてレジーナは涙ぐんだ。
「グレン」
 嗚咽を堪えながら、男の名前を囁く。グレン、お願い。
「なに?」
 レジーナの言いたいことは分かっているだろうに、彼は意地悪く問い返した。
 瞳から涙が溢れて流れた。愛などない。信頼もない。でもどうしても今すぐにこの男と繋がりたい。ひとつになりたい。今この瞬間だけは、体中の熱を交歓するのはこの男でなければだめだ。最愛の夫が側にいたとしても、グレンでなければ多分だめだ。
 レジーナは手を伸ばしてグレンにしがみついた。顔に胸の筋肉の弾力を感じる。軽く汗ばみ、酸っぱいような匂いがする。
 顔を上げ、どこか惚けたような顔のグレンに口づける。すぐに唇を離して、彼女は言った。
「お願い、グレン。抱いて」
 口元を綻ばせて、男はレジーナの背を支え、木張りの床に横たえた。すぐ側に寝台があるが、床の上でいいと彼女も思った。そこまで行く時間ももどかしい。脚を開かせて、上に覆いかぶさったグレンの体の重みが心地いい。
 再び口づけを落とされる。入り込んできた男の舌をレジーナも吸った。頭に血が上る。でも足りない。全く足りない。
「グレン……」息を弾ませ、継ぎ目に彼女は夢中で囁いた。「早く……早く入れて」
「お前……」
 何か言いかけたグレンは、言葉を切って腰を引くと、膨張した男性自身をレジーナの女陰にあてがった。膣口は愛液にまみれてぬるぬると滑る。グレンは自分のそれに手を添えて入り口にしっかりと入れ込む。ふつ、という感触とともに彼自身が襞を掻き分けて彼女の中に押し入ってくる。庭での時とは比べ物にならない、待ち望んだ悦楽に、レジーナは長く細い叫びをあげた。

 体が反り、腰が持ち上がる。そうしながら、長く愉悦を叫んでいた彼女は、グレンの手で口を塞がれた。
「入ったぞ、レジーナ。……でもあまり大きな声あげるな。外の奴に聞かれる」
 皮の厚い、荒れた手で口を塞がれたまま、レジーナは何度も頷いた。
 男が腰を動かし始める。折り曲げた脚の奥、自分の体の最も深い部分に、グレンがぶつかる。喉から突き上げた嬌声が口を塞いだままの彼の手の中でくぐもった。
 体が揺さぶられる。背中の骨が何度も床に押し付けられて擦れる。声を殺して吐き出す息がはあはあと荒い。グレンの動きに合わせてただ喘ぐ自分は、言葉を忘れた獣のようだ。まるで犬。主人に可愛がられて悦んでいる雌犬だ。庭で抱き合う時にグレンにそう言われた。彼は正しかった。考えると悦楽に涙が溢れ、彼に狂おしく抉られている場所がさらにぬめって熱くなる。
 触れたい。もっと。グレンを受け入れる為に見苦しく開いた脚を、動き続ける彼の腰に絡める。両手を男の背中に回す。汗ばんでいて思ったより滑らかだ。
 研ぎ澄まされた指先の触覚は、そこに違和感を見出した。完全に塞がってはいるが、古い傷がある。自分と同じ、戦い続けてきた男。同じ種類の人間に貫かれている事実は、彼女の自尊心まで満たしてのぼせ上がらせる。舌を伸ばして、口を塞いだままの、ざらざらとしたグレンの掌を舐める。自分の持てる全てのものを使って、この男と繋がりたい。

 体を揺らされながら、薄く目を開けると、寝室の天井が見える。石造りの装飾も無い、見慣れた天井だ。同じように夫に揺らされながら、あるいは一人安らぎながら、何十回、何百回と、毎夜この天井を見てきた。育った修道院が焼かれて以来、流浪の冒険者生活を経て、やっと見つけた自分の帰る家。自分のねぐらだ。
 天井を見ていると、燃え上がる体に冷水が滴ったような気がした。灼熱の季節に見つけた湧き水の手触りのような、清廉な理性の冷たさ。
 この場所で初めて彼女は男を知った。初めて本当に愛した男に、限りなく優しく征服された。互いの愛情を確認し、啜り合う行為は時には情熱的に、そうでない時は慈愛に満たされて行われた。
 レジーナの嫌がることはしない夫が、どうしても明かりを灯して、彼女の裸体を見たいとせがみ、恥じらいながらもやっと彼女が了承した時、離れた窓辺に小さなランプを灯しただけの薄闇の中、夫はレジーナを恭しく寝台に横たえた。明かりがあるので、天井がはっきりと目に飛び込んできたことを覚えている。筋肉質で古傷がいくつか散る自分の体が恥ずかしく、身を捩って少しでも隠そうとするレジーナの両手を、そっと夫が押さえた。こめかみに、頬に、そして唇にいくつも口づけを降らせて、夫は潤んだ声で囁いた。
『きれいだよ、レジーナ』

「レジーナ、かわいいよ」
 そう言うと、彼女の口を塞いでいた手を床につき、グレンはさらに激しく腰を打ち付け始める。体の奥から、瞬時に脳髄に到達した快楽に、振り絞った声が飛び出す。
「あ……ああああっ! あーっ!」
「しーっ、し、静かにしろって……」
 体を振りながらのグレンの声もまた震えている。
 何度も男性自身を突き入れられ、繋がった部分からはねばついた淫靡な音がする。尻の方に彼の睾丸がぶつかる感触がする。グレンのそれを通して、体も、意識も、存在自体が揺さぶられて溶かされているようだった。たぎった歓喜が満ち溢れた。もう先ほどの心地よい冷たさはどこにも無い。蒸発してしまった。心地よさなどよりずっと深く堕落した、生々しい快楽だけがあった。
 漏れる声を塞がなければ。でもグレンの背中に回した両手は放したくない。首を上げ、唇をグレンに押し付ける。差し出した舌を彼はすぐに迎え入れた。互いに舌を絡ませ、喘ぎながら、いつしかレジーナもグレンの動きに合わせて体を動かしていた。グレンに貪られているつもりが、自分が彼を呑み込もうとしていた。

 急にグレンは動きを緩め、体をねじって、巻きつくレジーナの腕と脚を穏やかに払った。深く入り込んでいた楔を、彼女の体内からほんの少し抜いて、それでも器用に繋がったまま、レジーナの体を、脚を持ち上げて横向きにする。彼もレジーナの背後から寄り添うように横向きになった。今まで床しか触れていなかった背中や腿の裏側にグレンの体を感じて、ぞくりとした快感が這い登る。
「脚を閉じろ」
 だらしなく半端に開いていた脚を、グレンが手を添えてぴたりと閉じさせた。膣の入り口付近の感覚がさらに鋭敏になり、途中まで差し込まれたグレン自身と、あふれ出した自分の愛液を感じる。背後から伸びたグレンの手が、胸のふくらみを押さえて揉みしだいた。
 今度はゆっくりとグレンが動き出す。閉じた脚の間の自分は、思うようには彼を受け入れない。今までの激しい動きが嘘のようだった。浅く、穏やかに男根が忍び込んでくる。閉じた脚の間が、グレンを挟んでもどかしさに濡れた。もっと深く欲しい。もっと奥まで。飢えているのは彼ではなかった。
「レジーナ」
 名前を呼びながら、グレンが首筋に口づけた。そのままゆっくり静かに、しかし強く吸われる。右手で乳房を撫でられ、その先端をゆるやかに爪で玩ばれると、これ以上ないだろうと思うほど熱かった下半身が、また別の熱をもって火照ってくるような気がする。
 横向きの体の下になった男の左腕は、床から守るように彼女の頭の下に置かれ、返した手首の指先が髪や額を撫でている。羽根で撫でられるような繊細な動きだ。全身に散りばめられた快感が、男性器に緩やかに蹂躙されている、体の芯の部分に収束していくようだ。
「かわいいレジーナ、もっと気持ちよくなって」
 低いが優しい声でそう囁かれると、何故かいたぶられているような気持ちになった。首筋を吸っていた唇が、彼女の耳たぶを食み、舌が耳の穴へと這わされる。
「うぁ、あ、あ……」
 悩ましい、身悶えするような声が漏れた。閉じた脚に力がこもる。そこに今まで感じたことの無い、切なくもどかしい感覚が宿った。それを邪魔するように時折グレンがぬるぬると入り込む。体の中で悦楽が混ざる。脚に込めた力は体の中を震わせ、侵入している男性器を柔らかく締め付けているのだろう。想像するとさらに顔に熱が上った。
「柔らかくて、ぬるぬるしてる……」
「やだ、言わないで」
 交わす互いの言葉も白痴めいていると思った。
「本当だ。べちょべちょに濡れた果物みたいだよ」
「ん……う……」
 鼻にかかった甘い声があがる。体の中心にさらに力がこもった。意識がゆるく熱し、ぼうっとなる。耳の後ろで何かが流れるような音がした。閉じた脚を擦り合わせる。そこを相変わらず男根が往復している。甘い摩擦を与えられる部分から、何かがせりあがろうとしているようだ。
「うう、うっ……あ」
 苦しいほどに艶かしく呻くレジーナに頬を寄せ、グレンは再び彼女の名を呼んだ。
「レジーナ、愛してるよ」
 嘘だ。嘘つき。嘘つき。嘘つき。
 罵る心の中とは裏腹に、喉からは官能の溜め息が漏れた。
「あっ……は、あ、あぁっ……あ……!」
 快楽に満たされ、グレンの男性自身が差し込まれている、レジーナの体の芯が震えた。それは全身に広がる。体が大きく仰け反った。
「あ……あぅ、あ……はっ……ああ」
 断続的に意味の無い喘ぎが機械的に漏れる。未知の感覚にレジーナは恐怖すら覚えた。
「レジーナ、もっと、もっと気持ちよくなって、もっと、早く……」
 ゆっくりと、だが奥深くまで性器を差し入れながら、熱にうかされたようにグレンが囁いた。その声が意識を攪拌する。静かに深く脳髄が沸騰する。
「あ、うわ、あ……グレン……」
 自分の腿に食い込ませていた右手を、レジーナは背後に差し出した。触れたグレンの腰に爪を立てるほど強く握ると、彼の右手が伸びて握り返された。顔も見えないまま、しかし肉体はぴたりと重なる。体の奥から、何かが溢れてのぼってくる。
「あ……はあああああっ!」
 体が弓なりになるほど、さらに大きく反れた。子宮が膨張しているような熱をもち、膣がひくひくと痙攣して、グレンを締め付ける。せり上がった圧倒的な歓喜に全身が小刻みに震えた。閉じた目の奥、優しい闇しかなかったそこに、金色の雨が降り注ぐように、目映い光が散った。何度も叫びながら、レジーナは体を震わせ続けた。
「レジーナ」
 震える彼女の体内で導かれるように、もう一度レジーナの名を呼んで、グレンも果てた。


 目を開ける前に、頬に冷たい床の感触を覚えた。
 だるい体を起こそうと身じろぎすると、脚の間からだらりと何かが抜けた。視線を落とせば、グレンはまだ眠りこけている。どうやら互いに果ててすぐ、繋がったまま床の上で眠り込んでしまったらしい。あまりの出来事に、羞恥を通り越して苦笑が漏れた。
 燭台の蝋燭はかなり短くなり、一本は燃え尽きていた。小さく開いた窓からは、青い夜が覗ける。夜明けが近いようだ。
 軽い鼾をかきながら、全裸で眠り込んでいるグレンに目をやって、体が再び慄いた。眠る直前に、生まれて初めて味わった、言葉に尽くせない恍惚。その余韻がまだ体にまとわりついている。
 部屋を出て、新しくレジーナの寝室として整えた客室に行かなければ。その前にグレンを起こしてやらないと、床で素っ裸で眠れば、風邪を引くかもしれない。
 そう考えた時、レジーナの頭は瞬時に冷えた。
 勅書。
 体を起こすとふらついた。下着をしまってある物入れに歩み寄る。
 蓋を開け、中のものを掻き出して探っていると、視界の端にグレンが身を起こすのが見えた。
「ん……なに? 寝ちゃったのか?」
 欠伸まじりにグレンは呟いた。
 レジーナは仕方なく、下着だけ取り出して、物入れの蓋をさりげなく閉めた。
「そうよ。……ほら、早くベッド入りなさいよ。風邪引くよ」
「んー。……お前は何やってんの?」
 まだぼんやりとしたグレンの問いに、心臓が跳ねた。だが、何の気なしの質問なのだろうと言い聞かせる。
「私は着替えて客室行くから」
「やだ。一緒に寝るぞ」
 立ち上がったグレンは大股でレジーナに歩み寄り、腕をつかんだ。
「ちょっと……いいわよ。一人で寝てよ」
「やだよ。寒いじゃん」
 グレンはレジーナの腕を引いたまま寝台に向かうと、彼女を背中から抱き締めて、そこに倒れこんだ。
「ちょっとー、寒いからってなによ。一人で眠らせてよ」
 レジーナはグレンの腕から逃れようともがいたが、彼は片手でがっしりと彼女を抱いたまま、もう片方の手で掛け布をめくってそこに身を滑りこませた。
 掛け布の中、再びレジーナは抱き締めるように両手で背後から抱えられる。先ほどの絶大な愉悦を与えられた時と同じ姿勢に、顔が赤らんだ。
 だが当然、グレンはそんなことには全く気づかず、すぐにまた寝息を立て始めた。
  
Hが濃すぎでした。
一応、この話がメインになるんですが、それにしても長すぎ……。最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

私生活でこまごまと忙しくなってきたので、以降の更新は少し遅れそうですが、必ず最後まで書きますので、ぜひまた目を通してみてください。
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