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短いはずでした……ごめんなさい。
第三章 9.夜明けまで
 濡れた唇は葡萄の味がする。まだ若い、瑞々しい果実の芳香だ。
 新しい酒の香りは舌の上で溶け、それを差し入れた女の口の中で、吐息と共に瞬時に熟成する。
 女は逆らわなかった。細い手でグレンの胸をそっと押し返そうとしたが、形ばかりの慎みを見せたに過ぎない。少女のように恥じらいを晒して抵抗することは、却って己を貶めると承知しているのだろう。寝室に呼び出された理由は分かっているはずだ。
 舌を蠢かせて、葡萄酒の香りを残す女の口内を探る。つるりとした歯茎を撫で、頬の内側の柔らかい肉を舌先が感じ取ると、グレンの息遣いも荒くなった。
 女の舌をそっと持ち上げて引っ張る。軟体動物めいた温かい舌は、やはり逆らわずに、紅い唇の間から滑り出た。軽く吸い込んでやると、ほうというか細い吐息が微かに宙に溶ける。
 グレンは細い肩をさらに強く抱き締め、自分に引き寄せた。くずおれるように傾いだ女は、彼の鍛えた胸に両手を乗せた。体を密着させまいという動作だろうが、しなやかな手の感触が服越しに沁みて、妙に艶めかしい。
 くちづけを続けながら瞼を開けば、燭台の仄かな灯りに、やや面長の女の顔が照らし出された。しっかりと瞳を閉ざし、細い眉を微かに寄せている。何かを忍ぶような面持ちが、一層色気を漂わせており、嗜虐心を刺激された。
 ゆっくりと顔を離す。唾液で湿った唇は、互いを求めるように余韻を残して離れた。女の瞼も開かれる。瞳孔と溶け合った黒い瞳が、揺らぎながらグレンを見つめていた。既にそこに嫌悪の色はない。恥じらいと諦念、そしてごく微かにだが彼への興味が見えた気がする。気のせいかもしれないが、それでいい。思い込みなしには、男女の楽しい情事など成り立たない。
 長椅子があれば、そのまま押し倒すことができるのだが、今彼らが腰掛けているのは、白木でできた色気のない腰掛だ。
 相手が無垢な少女であれば、抱き上げて寝台に運んでやるのもいい。少女は若干でもときめきと安堵を覚えるだろう。しかしこの女には、そういったままごとめいた演出は相応しくない。小娘扱いは寧ろ失礼に当たりはしないか。
「立って」
 グレンは女の肩を抱えたまま、自らも丸椅子から立ち上がった。数歩先にある、天蓋のない寝台に歩み寄る。顔を伏せるようにして女は彼に従ったが、その足取りに初めて僅かにためらいを覗かせた。
 彼は心中ほくそ笑んだ。やはり恥じらいや恐れ、そして嫌悪があるのだろう。そうでなくては面白くない。多少嫌がっているぐらいの女の方が、征服しがいがある。
 寝台の目前で立ち止まるとグレンは女を振り向き、もう一度軽くくちづけた。彼女と正面から向かい合いながら、自分だけ寝台に腰を下ろす。
 立ったままの女をじっと見上げる。公都の欲求不満の貴婦人であれば、男――それも軍で相応の地位にいる男が寝台に座っていれば、すぐさま首っ玉にしがみついて口づけを雨と降らせるだろう。しかし今宵の女は、無言で彼女を見つめるグレンを前にして、戸惑ったように視線をさまよわせるばかりだ。よもや生娘ではなかろうが、その仕草が妙に初々しい。
「先に服を脱げ」
 抑えた声で告げると女の黒い瞳は揺れ、細い眉がきゅっと寄せられた。困惑した顔が扇情的ですらある。
「あちらの……」女は首を寝室入り口の、灯りが届かない辺りに向けた。「隅で支度してまいります。よろしゅうございますか?」
 支度。その言葉が再びグレンの頬を緩めたが、彼は辛うじて表情に威厳を保った。あまり先にへらへらしてはみっともない。
「だめだ。俺の目の前で『支度』しろ」
「司令官様……」
 慈悲を請うような低くか細い声は悩ましく響いた。確かにこの匂うような色気は若い娘にはない。
「早くしろ」
 ぴしゃりと言い放つと女はそれ以上は粘らなかった。頷くように顔を伏せ、袖の無い上着の留め具に手をかける。物分かりの良さも小娘とは違う。
 脱いだ上着をそっと床に落とすと彼女は頭に手をやり、結い上げていた髪をほどいた。くせのない黒髪がさらりと広がって、女の肩から胸を覆う。
 彼女は一瞬だけグレンにちらと目を向けると、再び恥じたように目を伏せて上着の下に纏っていた裾の長い服の紐に手をかけた。

 女はモニカ。この山間の城の侍女頭である。
 年齢は今ひとつ分からない。恐らく彼とそう変わらないだろうが、元々若い女が好きなグレンは二十五を越えた女の年に興味は無い。彼の頭の中では、それ以上の女はほぼ『年増』でひとくくりにされる。今年二十七歳を迎えた副伯夫人に知られれば、また回し蹴りでも放たれそうな定義であった。
 モニカの身長は、この辺りの女にしては高い方だろう。線が細くすらりとしている。城の中にいることが多いせいか、色白で日焼けのあとも少ない。艶やかで長い黒髪と小さな紅い唇がよく映えた。
 紐を解いた服を淑やかな動作で脱いだモニカだったが、その下に袖無しの胴着を着ていた。むきだしになった腕は、ほっそりと長い。首や手足が長いため、実際の身長よりも背が高く見えるのだ。
 彼女は再びグレンに顔を向けた。彼が動かずに無言で先を促すと、今度は胴着の紐をほどき始める。従順な仕草だが、本来は副伯夫人に劣らず気は強いようだ。グレンになついている侍女たちから、モニカの恐ろしい逸話はいくつか耳にしていた。
 胴着の紐が解かれると胸元から素肌が覗いた。モニカは目を伏せたままそっと体の向きを変え、グレンに背中を向ける。正面から向き合うのが恥ずかしかったのだろう。
 こっちを向け、と言おうとしたグレンは思い直して口を噤んだ。背を向けたモニカの後姿が目に入る。長い髪が上品に覆う背中は華奢で、肉が薄い。折れそうなほど細い腰に向かって一度くびれ、また尻へと優雅に膨らむ曲線が非常に美しい。子供がいる様子は窺えないが、本当に産んでいないのかもしれない。もしかしたら独身なのだろうか。

 再びグレンの頭に、良からぬ妄想がよぎった。侍女たちを掌握するやり手の侍女頭。貴婦人の如く美しい彼女は夜な夜な若い娘を寝室に呼びつけ、右も左も分からない少女を全裸にして、教育や折檻と称して弄んでいたのではないか。
『さあ、子猫ちゃんたち。領主様と奥方様に仕える立派な侍女になりたかったら、わたくしの言うとおりになさい』
『でもモニカ様、こんな恥ずかしいこと……』
『やるのです。できなければ、あなたたちは役立たずですよ』
『ああ……』
 それだけではない。少女同士を絡ませ、モニカは葡萄酒片手にその光景を楽しみながら、自らの肌を別の少女に舌で愛撫させていたのでは。
(なんて女だ……)
 勝手な妄想に勝手に嫉妬しながら、しかも己の所業は完全に忘れて、グレンはモニカの後姿を睨んだ。侍女頭のこの尋常でない色香は、少女たちと絡み合うことによって培われたものかもしれない。彼女自身は、意外と男を知らないのではなかろうか。ならば天誅も兼ねて自分が……。
 くどくどとつまらないことを考えていた彼の思考は、モニカの肩から胴着が滑り落ちた時点で、ぶつりと途切れた。
 顔よりも白い、白磁のような背中が露わになった。肉が薄く、長い髪の隙間から肩甲骨と背骨がうっすらと浮き出ている。思わず背後から抱き締めて、あらゆるものから守ってやりたくなるような、頼りない背中だった。
 しかしそのまま衣装が腰から滑り落ちると、途端にグレンは渋面になった。
 ほっそりとした腰から下を覆うのは、彼を含めた公都の多くの男たちが憎む下穿きであった。清潔そうな綿の布地で仕立てられた膝丈のズボンのようなドロワーズは一部の愛好家を除き、目にするだけで男を萎えさせる。嫁入り前の少女ならまだしも未亡人であるこの艶やかな女まで、こんなものを穿いているとは。
(これだから田舎の女は……)
 グレンは微かな溜め息を吐いた。自分がこの村の領主だったら、村中のドロワーズを燃やすようお触れを出しただろうに。
 しかも膝から下も薄手の白い靴下に覆われている。若い娘なら滑らかな素足であるが、やはり年齢を重ねると冷えには勝てないのだろうか。
(レジーナの奴も毎日下穿きと靴下穿き始めたら、本格的なばあさんだな)
 他人の妻に対して非常に失礼なことを考えながら、もはや侍女頭の肢体を目で楽しむことは諦め、彼は冷ややかな半眼になった。
 無論背後の反応などに気づかず、モニカは腰の前で静かに紐を解いた。下穿きが衣擦れの音を立てて彼女の足元に滑り落ち、小振りの尻とすんなりした脚が露わになる。
 グレンは再び目を見開いた。ころころと表情が変わって忙しい。
 現れた尻は服の上から見た時よりも、ふっくらして肉付きが良い。小さな下着が慎ましく隠そうとしているが、下部の肉が少しばかり素肌を覗かせていた。その隙がまた妙に艶かしい。尻から続く太ももも想像よりふっくらしており、その半ばから下を覆う靴下を腰に巻かれた靴下留めが吊っている。下着と靴下の間の、僅かに露出した素肌の腿が眩しいほどだ。
 白い靴下の生地も薄手に仕立てているらしく、僅かに肌が透ける。それが包み隠す脚は膝から下はすんなりと細くなり、足首に至っては折れそうなほどだ。腰の位置が高く、手や首だけでなく脚も長い。
 これはいい。素足よりいい。
 彼は一度自分を落ち着かせるように、息をついて伸びてきた前髪をかきあげた。その微かな音を聞き取ったのか、モニカが頭半分だけ躊躇いがちに振り返る。
「あの……司令官様……よろしいでしょうか?」
「何がだ」
 グレンは内心慌てて表情を引き締めて応じた。一瞬の沈黙の後、さらにか細くなった女の声が答える。
「こちらで……お側にあがる用意は整いましてございます」
「まだだろ」
 抑えた声でグレンが言うと、寝台脇の蝋燭に照らされたモニカの横顔がほんのりと赤らんだように見えた。
「ですが……」
「侍女頭殿。侍女たちの長として、なるたけ俺に面倒がかからないよう遇してもらえんか? ──それとも下着くらいは俺に脱がせて欲しいなら、そう言え」
 モニカの横顔が唇を噛む。やはりレジーナに比べれば感情を抑えることに長けている。
 彼女は細く吐息を漏らし、下着の紐を解き始めた。モニカが左右の紐をほどいて小さな布を脚の間から抜く瞬間、尻の隙間に秘密めいた暗がりが覗けた。本能的といってもいい高ぶりを覚え、グレンも軽く息を吐いた。

 立ち上がって、背後から抱きすくめてやろうかと思案――と呼ぶほどの行為でもないが――していると、胸と局部を隠したモニカが静かに振り返った。
 素晴らしい。彼はまたも緩みそうになる顔を引き締めようとするあまり、奇妙な仏頂面になった。
 肌は光沢を持った絹のようだ。日差しの強い山地で、よくもこの肌を保っていられるものである。
 片腕で隠した乳房は、小ぶりながら丸く形が良い。縦長の美しい臍の下は、微かになだらかな膨らみを蓄え、さらに下部、白い手で覆っている恥丘へと続く。からだ全体に柔らかさを孕みながら、線は華奢で、どこにも緩んだ部分がない。膝回りも脂肪がなく、すっきりと締まっている。
 淑やかな仕草や憂いを含んだ顔立ちから落ち着いた雰囲気を漂わせているが、実は意外と若いのではないだろうか。女の膝は年齢が出やすい。もしかするとグレンより年下かもしれない。
「君には連れ合いがいたのだったな」
 自らは寝台に腰掛け、薄手の靴下と靴下留めしか纏っていないモニカを立たせたままグレンは口を開いた。
「はい、おりました。数年前に病で亡くなっており、今は寡婦です」
 体を隠したまま僅かに身じろぎしながら、それでもモニカは淀みなく答えた。
「恋人はいないのか?」
「おりません」
 小さな笑みを浮かべながら冗談めかして問いかけた彼に対し、床に目を落としたままのモニカは大きく首を横に振った。あまり尋ねて欲しくない話題のようだが、嫌がられると却って突っ込みたくなるのがグレンの性分である。
「そうか。勿体無いな。それほどの美貌なら、後家として引く手数多だろう」
「とんでもないことです。私はもう若くもありませんし、殿方に目を留めていただくものを持ち合わせておりません。それに夫は亡くなったとはいえ、夫婦の誓いは健在です」
 礼儀正しい口調の中に、微かに強い意志と非難が含まれている気がした。彼女にとって、これから起こることは不本意な姦通に他ならないと主張しているのだろうか。
 さすが、あのレジーナに仕える侍女たちを束ねる女だ。簡単には男に媚びないらしい。そうでなくては面白くない。
「立派な態度だな」グレンは仰々しく頷いた。「だが俺には関係ない。早速夜伽を始めようか」
「……はい」
 返答の前の一瞬の躊躇は、彼女が屈辱をこらえたためだろうか。

 小さな沈黙。
 男は無遠慮に全裸より艶めかしい半裸の女を見つめ、女は居心地悪く、座った男の足元を眺めていた。
「どうした? 俺と共寝してくれるんだろう? 君から動いてくれ」
 薄笑いと共に言うと、モニカの胸が息を呑むように、僅かに膨らんだ。
「ですが……」
「旦那にしてやったんだろう?」
「こ、こんなことは、わたくしたちは……」
 妙齢の未亡人が恥じらう様子が初々しい。レジーナと同じく、この侍女頭も夫との営みは、ひどく動物的かつ保守的──ときにそれは相反するが──であったに違いない。
「一緒に寝る時は、旦那の方が動いてくれたわけか?」
 からかうような問いにモニカは答えなかったが、それは肯定を意味するのだろう。性欲丸出しの公都の貴婦人と比べて、なんと慎み深いのだ。
 楚々とした雰囲気と内面の気性の激しさ、そして男女の睦事に関しては乙女のごとき初々しさ。モニカの持ついくつもの顔の落差こそ、この女の独特の魅力だろう。
 こんな女がいるとは田舎も悪くない。
 グレンは感動すら覚えたが、努めて無表情を保った。
「だが俺から動いていては、俺へのもてなしにならんだろ。──知らないなら、言う通りにしろ」
「はい」
 モニカの抑えた声が、ぞっとするほど色っぽい。今すぐ華奢な体を引き寄せて真珠のような肌を味わいたいが、彼は衝動をこらえた。  
「まず、着てるもんを脱がせてもらおうか」
「はい」
 再び静かに返答し、モニカはグレンの前で屈んだ。やや切れ長の瞳と視線が合う。彼は目元を和ませて笑った。大抵の女はそれを見ると安心するらしいが、モニカは顔を強ばらせたまま目を伏せた。
 恐る恐る細い指先が伸びて、上着の襟元に手をかける。丁寧な動きで留め具が外されていった。全てそれを終えると、モニカは前開きの服を広げてグレンの腕から袖を抜いた。意外に動揺のない手つきである。
「慣れてるみたいだな。旦那の衣装替えを手伝っていたのか」
「……以前には」
 短く答えたモニカの体が近づき、小ぶりの乳房が彼の素肌と触れる。間近で見ても、きめの細かい練り絹のような肌だ。グレンの心臓も鼓動を早めた。
 夜はそろそろ冷える季節だが、女と寝るので肌着は着ていなかった。鍛えた上半身を目にしたモニカが、僅かに唇を震わせた。
「次は下だ」
 低い声で命じるとモニカは半歩身を引く。長い黒髪が一房前に落ち、片方の乳房を覆った。
 一呼吸おいて、彼女はグレンの腰に手を伸ばす。そこは服の上から見て分かるほど膨らんでいた。革帯を外す音、女の微かな息遣い、蝋燭が燃える音だけが、風の無い夜の室内に響いた。
 ズボンの紐を外すモニカの指が彼の股間に触れる度、そこは大きさを増していく。その細長い指で、早く握って欲しかったが、貞淑な侍女頭は黙々と作業を続けた。しかし頬はうっすらと薔薇色に染まり、半開きの紅い唇からは、耳で拾えるほどの熱い吐息が漏れている。初々しい仕草とは裏腹に、靴下と靴下留めしか身につけていない姿は熟した娼婦のようだ。正座した彼女の脚の間は慎ましい三角形を描き、絹糸のような陰毛が覆っている。
 紐を全て外したモニカは、困ったようにグレンを見上げた。
「あの……どうかお立ちになって……」
 とっくに勃ってます。
 とは無論答えなかった。
 尻を持ち上げないとズボンが脱げない。無精に腰だけ浮かせてもよかったが、少々情けない姿勢にもなるので、彼は言われるままに立ち上がった。屈んだモニカの顔の前にいきり立つ下半身がある。小さな頭を押さえつけて、いきなり彼女の唇に己のものをねじこんでみたくなったが、これも我慢した。抑えれば抑えるほど腹の底で欲望は膨れ上がる。
 モニカはするするとズボンを脱がし、短い革靴も脱がせる。目の前の仕事に集中しようとしているようだった。
 それを終えたモニカは、足元に傅いたまま再びグレンを見上げた。黒い瞳が潤んでいる。
「まだ下着がある」
 それに対して彼女は何か言いかけたが、唇を閉ざして男の下着の紐に手をかけた。
 自分は立ったままで、跪いた未亡人に衣装の世話をしてもらう。なんとも心地よい征服感だった。侍女たちに服の脱ぎ着をさせる貴婦人たちも、こんな心境なのだろうか。生まれが傭兵である彼は、甲冑を纏う場合などを除いて自分で身支度を整えるが、貴族出身の他の軍の士官たちは常に小姓に身支度を整えさせている者もある。
 唇を噛みしめたモニカは、紐を解いたグレンの下着をするりと下ろした。待ちかねたように彼自身が飛び出す。目を背けながら、彼女は下着を足元まで下ろして脱がせた。
 全裸になった彼は再び寝台に腰掛け、モニカの頭を引き寄せる。 
 荒々しく立ち上がった一物を目の前にしてモニカは眉根を寄せた。
「旦那にもしてやっただろ?」
「いいえ」
 狼狽を見せることを恥と思っているのか、モニカは唇を噛んで無表情を保とうとしているようだった。だが瞳の奥に嫌悪に彩られた複雑な感情が揺れている。
「口でしてやったこともないのか?」
「ございません。左様な罪深い……」
「じゃ、手でしごいたことは?」
「あっ、ありません!」
 徐々に動揺を表していく彼女の様子が可愛らしい。可憐な女はいくつになっても可憐だ。
「残念だな。なら、これから覚えろ。手でそっと握ってしごくんだ」
 もしかしたら自分より年上かもしれない未亡人相手に、男性器の愛撫の仕方を教え込む。その状況に興奮した彼自身は細い指にごわごわと触れられると、脈打つように震えた。血が下りていくのが分かる。
 言われた通り、モニカは赤く染まったそれを掌を使って撫で始めた。処女のように素直で初々しい。下半身から快楽が駆け上ってきて、グレンは僅かに身をよじった。

「舌で舐めて。歯を立てないようにくわえるんだ」
 慣れない手つきで怒張したものをすりあげていた女は、小さく頷くと、唇よりもやや淡い薔薇色の舌を突き出し、彼の先端に触れた。敏感な亀頭を舐め回され、グレンは溜め息のような喘ぎを漏らした。
「そうだ、モニカ。もっと……」
 驚くほど小さい頭を撫でながら囁く。唾液が絡む濡れた音がしたと思うと、彼の先端はすっぽりと柔らかく温かい粘膜に包まれた。
「あ……」
 えもいわれぬ感触である。愉悦の溜め息を吐いて見下ろせば、モニカの唇が己のものを咥えていた。彼女の表情は嫌悪に歪み、今にも吐き出したそうである。
「もっと奥まで」
 グレンはそっとモニカの頭を押した。陰茎がより深く彼女の口の中へと差し込まれる。か細い呻き声が漏れた。
 黒い瞳は濡れて潤んでいたが、モニカは要領を得たらしく、もはやはちきれそうな彼自身に手を添えて、ゆっくりと顎を前後に動かした。表情を見る限り彼女が喜んでいるようには見えないが、動きは拙いながら、グレンに快楽を与えようとしているらしい。奉仕精神に溢れた侍女の鑑である。
 夫のものも舐めたことがないという彼女の舌や唇の動きには、技術も何もあったものではないが、清楚な外見の未亡人に、この上なく淫らな格好をさせ、男のものを愛撫させているということ自体が、彼の劣情を煽り立てていた。数日、女を抱いていないこともあって、濡れた舌や唇で刺激され続けていると、すぐにでも達してしまいそうだった。

 限界の一歩手前でグレンは腰を引き、モニカの唇から自身を引き抜いた。彼女の唇から溢れ出した唾液が性器の先端から糸を引く。
「よかったよ、モニカ。こっち来い」
 彼は侍女頭の細い腕を引き、寝台の上へと強引に引き上げた。早く彼女の中に入れないと、その前に暴発してしまいそうである。
「閣下……ですが……」
「なんだよ」
 焦っているせいか、ついぞんざいな返事になった。寝台に上がったモニカは萎縮してしまったらしい。グレンは表情を和らげ、強張った顔のモニカに軽くくちづけた。
 彼女に愛撫らしい愛撫も施していないことを思い出し、長い黒髪を背中に払って、むきだしになった乳房に触れた。
 掌が溶けそうな感触である。十代の少女のような張りはないが、触れた部分を包み込むような柔らかさがあった。小ぶりであるためか、下垂もほとんど見られない。
 厚い掌で撫で回していると、その中心が固くなってくるのが分かった。
「は……あ……っ」
 指先で乳首を刺激する。限りなく溜め息に近い喘ぎが、モニカの細い喉から聞こえた。いやいや口淫に従事していた様子だが、それなりに興奮はしていたのだろうか、その響きには明らかな快楽が溶けていた。
 グレンは小さな乳首をつまみあげると、手を下へと滑らせ、モニカの脚の間に触れた。繊毛が包む彼女の性の唇は熱く、ぬるぬるとした粘液に覆われている。
「濡れてるじゃないか。これなら、もう入れてもいいだろ」
 囁きながら、指を陰唇の中へとこじ入れる。皮膚よりも熱い濡れた粘膜に包まれた。儚く切ない女の部分の感触は、再びグレンの下半身に血を送り込み、もはや苦しいほどになった。男根も反り返らんばかりに立ち上がっている。
 彼は膣を探るのもそこそこに、くちづけを与えながら華奢な体を寝台の上へと押し倒した。
「お、お待ち下さい……。先ほど申し上げましたように、私は亡き夫といまだ夫婦でございます」
「そんなこと知ってる」
 脚を開かせ、強引に体を割り込ませるグレンに、モニカは見苦しい抵抗はしなかったが、潤みきった瞳で彼を見上げて続けた。
「で、ですから……どんなことでもいたしますが、それだけは……」
 モニカの哀願は、グレンのような男には全く逆効果であった。それだけは行わないでくれと頼まれると、それだけは何がなんでも成し遂げようとする類の天邪鬼人種である。
「こんなに濡らして、何言ってんだよ、奥様。それにあんたの女主人だって、ダンナがいながら俺に体を差し出したんだ。臣下であるお前だけ、特別扱いされようってのか?」
 レジーナを引き合いに出すと、忠義に厚いらしい侍女頭は言葉を切った。一瞬の沈黙の後、荒い呼吸をしながらモニカは呟くように言った。
「お願いです……。今宵のことは、どうか全てお忘れになってください。誰にも話さないとお約束くださいませ」
「勿論だ。そんな野暮なことするか」
 己の先端から漏れる液体をモニカの内股に擦りつけながら、彼が唇を吊り上げて頷くと、モニカは観念したように目を閉じ、右手でグレンの背中にそっと触れた。
 彼は苦しいほど怒張したものを濡れそぼった襞の奥、熱い内部へと突き立てた。
「あああっ……」
 苦痛とも快楽ともとれる溜め息のような声を漏らして、モニカの喉が仰け反る。彼女は両手で、自分に体重を預けている男の背中に縋った。
 夫が亡くなってから数年の間、彼女が貞節を守ってきたのなら、膣もきついかもしれないと思ったが、想像以上に濡れていたそこはすんなりと彼を受け入れた。
「モニカ、痛いか?」
「い……いいえ……」
 眉根を寄せて、挿入の衝撃をこらえるモニカがいじらしく見えた。
「痛くないか。結構簡単に入ったもんな。実は若い愛人と遊んでいるんじゃないのか?」
「そんな……そんなことはございません」
「ほんとか」
 問いながらぐいと腰を動かして、内部で彼女を突いた。
「ああっ……!」
 小さな唇が開いて温かな吐息がグレンの顔を覆う。女の肌、吐息、体温、そして内部の肉の柔らかさ全てを生々しく感じた。感覚を一端遮断して、もう少し射精までの時間を稼ぎたいが、ぬるぬると熱いモニカの内部は彼自身を促すように絶えずまとわりついてくる。彼は高ぶりのまま激しく腰を動かした。
「はああっ……あ……閣下……そんなになさらないで……わたくし……」
「痛いか?」 
「いえ。いいえ……ああっ……!」
 慎み深い侍女頭は露骨に言葉で快楽を訴えることはしなかったが、悩ましい表情、大きく開かれた唇、甘さを帯びた喘ぎ声が、彼女の答えを語っている。
「気持ちいいのか? 淫乱だな」
「ああ……どうか……おっしゃらないで……わたくし、こんな……こんなことは初めてで……」
 動きに合わせて揺れるモニカのその台詞が、グレンの箍を刺激した。女と交わっている際の初めてという言葉には滅法弱い。
「一回出すぞ。すぐまた可愛がってやる」
「グレン様……」 
 弱々しい囁きの裏にモニカの歓喜が透けた。細い手が彼の腰を抱え直すと同時に、深く彼女を突き上げ、そのやわらかな体内に欲望を放った。


 今日一日は休日として、訓練や軍議をほとんど入れていなかった。夜になっても疲労が溜まっていないせいか、一息ついたグレンは、すぐに隣で力なく横たわるモニカに再び手を伸ばした。
 白磁の肌を淡い薔薇色に染め、甲高く弱々しい喘ぎ声を上げながら、女は男の愛撫を受け入れて、慎み深く快楽を表した。
 滑らかな肌をしっとりと包む汗は苦く酸っぱい。舌触りは申し分なく、ほとんど全身を舐め回しながら、彼はモニカが特に快感を覚える場所を探した。淑やかな女が徐々に呼吸を乱し、全身を震わせる様子が悩ましい。特に苦痛と見紛うような表情は妖艶と呼ぶほかなく、モニカが放つ色香に絡めとられていく気がした。
 思うさま愛撫を施し、彼女を存分に高揚させたあと、彼は再び女の中に押し入った。最初の時とは比べ物にならないくらいに熱く濡れ、男の器官を柔らかく包み込んだ。
 腰をゆっくり動かしながら、陰裂の端にある肉芽を指先で撫でてやると、モニカに不似合いなほど甲高い声がほとばしった。
「ああっ、お、お待ちください……そこは……」
「いやか?」
「いいえ、ですが……ああ……そこは触れてはならないと……」
 自身の肉体を貫いた男に体を揺すられながら、モニカは頭を横に振った。しなやかな髪が宙に舞う。
「誰がそんなこと言ったんだ? ん? 気持ちよくないのか?」
 さらに指の動きを小刻みにすると、モニカは細い叫びを上げた。楚々とした侍女頭の面影はなく、はしたないほど悦楽に歪んだ表情が、グレンの欲望と自尊心を満たした。
「ちが、ちがいます。でも、そこは……ああっ……気持ちよすぎて……主人が決して触れてはならないと……」
 モニカの息遣いも犬のように荒くなる。彼女の内部がそっと彼を締めつけ、高みへと導いた。
「つまんない男だな」
 全身がぼうっと熱くなり、グレンもまた限界に近づいていた。彼は組み敷いていた女の肩を支えて体を起こさせると、器用に繋がったまま自分は仰向けに倒れて、体勢を入れ替えた。彼の頑丈な体に跨るモニカは、驚くほど軽い。
「閣下……」
 恐らく、男の腰に跨ったことなどないのだろう。少女のように戸惑うモニカを見上げ、その細い腰に手を添えると、グレンは彼女を突き上げ始めた。
「あっ! ああっ!」
 乳房が揺れ、髪が跳ねた。彼女の体内から零れた愛液は、男根を伝ってグレンの下腹や陰毛にまとわりつく。体勢を変えたせいか、脚を閉じ気味にしたモニカの膣は、さらに彼を締めつけて上下にしごいた。まるで彼女の体内に吸い上げられていきそうだ。
 腰の奥に絶頂の先触れになる尖った感覚が湧いてくる。グレンは横たわったまま、再び指をモニカの陰核に伸ばした。
「はっ……! グレン様、いけません。そこは……もう……ああっ、わたくし……」
 聡明そうなモニカの唇から、意味をなさないうわずった声が上がった。彼女も肉体も精神も絶頂に近づいているのだ。彼は膨れ上がった女の陰核を指先で震わせるように撫でた。
「だめですっ……ああっ……ああああっ……!」
「モニカ、いいよ。綺麗だ。もっと乱れろ」
「そんな……そんな……わたくし、こんな……ああああんっ……!」
 ゆるゆると首を振っていたモニカは、ひときわ高い叫びを上げると、白い喉を仰け反らせた。腰をびくびくと浮かせながら、断続的に甲高く叫び続ける。己に跨って絶頂を迎えた女を目にした彼も、再び彼女の体内で射精して果てた。


 心地良い疲労感に包まれたまま、彼はけだるく体を動かして、毛布をめくり、その中へ体を潜り込ませた。傍らで背を向けて横たわっているモニカも、そこへと導く。女は逆らわず、グレンの胸へと顔を寄せた。その細い肩はまだ大きく上下している。
 人妻も悪くない。未開発の娘は、どこに触れても恥じらい、戸惑い、痛がることが多いので、少々気疲れするのも事実だ。若い頃は──無論、今でも若いつもりだが──女の反応などお構いなしに、ただ欲望を突き立てて放てばそれで満足したものだが、そんな行為もいつしか虚しくなってきた。年をとった──もとい、洗練されてきたということだろう。
 少女に比べれば年増女の方が道理も弁えているし、面倒が少ない。公都で、ぎらぎらした貴婦人の暇潰しに散々つき合わされて少々辟易していたが、改めて年増女の魅力を再認識した有意義な時間であった。
(よし。明日からは人妻全制覇だ)
 明日への活力も新たに、腕の中にいる女を見下ろすと、モニカも丁度彼を上目遣いに見上げていた。常に結い上げている髪をほどくと、存外若く見える。視線が絡むと、侍女頭は顔を伏せてしまった。
 初々しい仕草に心をくすぐられ、グレンは口を開いた。
「モニカ……可愛かったよ」
 返事は無かったが、彼女の額が僅かに傾ぎ、前髪がグレンの胸に触れた。女の薄い背中を撫でると、ぴくりと体が震えた。彼は気づかない振りをして続けた。
「すごく綺麗で気持ちよかった」
「……恐れ入ります」
 蚊の鳴くような声が返ってきた。
「君はどうだった? 旦那が亡くなってから男と寝てないんだろ。よかった?」
 わざと意地の悪いことを聞けば、予想通りモニカは恥じ入って震え、顔を伏せたまま答えなかった。再び嗜虐心をつつかれる。
「そんなによくなかったか? それなら一休みして、もう一度するか」
「閣下……」
 細い指先が、そっとグレンの胸板に触れた。部下たちに閣下と呼びかけられても嬉しくもなんともないが、モニカの艶のある声で呼ばわれると、何故か虚栄心、征服欲の芯から満たされる。
「どっちだ? よかったか、よくなったか。正直に言え」
 さらに尋ねると、ようやくモニカは顔を上げた。
「も……申し上げましたように、わたくしは夫と夫婦でございます。夫でない方との……その……行為について述べることは、どうか堪忍してくださいませ」
「そんなつまんないこと言うなよ。誰も聞いてないから、正直に言えって」
「ですが……」
「今夜のことは、お互いに忘れるんだろ。俺も聞いたら忘れるから」
 彼女の額に落ちる髪を掌でどけてやると、その動作に陶酔したようにモニカは瞼を閉じた。

 一瞬の後、再び目を開けたモニカは、グレンを見上げて微笑んだ。憂いを含んだ、どこか切ないような笑みである。既に二度も欲望を放っていた彼の胸は再び高鳴った。
 モニカの乾いた紅い唇が、花が綻ぶように開く。
「とても素敵でした。──小僧にしては」
「そうか」
 彼は微笑み返したが、違和感に頭の中を削られた。
(小僧って……俺?)
 唖然とするグレンの前で、モニカはさらに笑みを深くした。憂いはかき消え、無邪気なほどに透明な笑顔になる。細い腕がそっと伸びて、彼の頬に触れた。
「体を鍛えている方って、ちょこちょこと触って女が濡れたら、後は入れて激しく動けばいいって考えていらっしゃる方が多いんですもの。でもあなた様は、なかなか丁寧でしたわ」
「ああ……」
 モニカの言葉を分析する間もなく、近づいた女の唇がグレンの唇に触れる。我に返るよりも早く舌が差し込まれ、唇の内側を撫でられた。舌を絡めとられ、軽く吸い込まれる。女の方から舌を吸われたことなど、随分久しぶりだ。息がつまるような、恐怖に似た感覚を覚えた。
 ほどなく唇を離した女は、先ほど彼がそうしたように額から男の前髪をどけた。
「モニカ……」 
「はい」
「先ほどの言い草だと、お前は体を鍛えている男と何人か寝たことがあるように聞こえたが」
「はい」
 額を殴られたような衝撃だった。その事実もさることながら、表情も変えずに微笑んだまま肯定するモニカの姿が、厳しい侍女頭でもなく初々しい未亡人でもなく、全く知らない女に見えたことが驚きだ。
「お前、さっき……旦那とはまだ夫婦で、貞淑を守ると言ってなかったか……」
 珍しくどもりながら呟くグレンに、モニカは笑顔のまま朗らかに答えた。
「まあ、司令官様。女が常に真実を語っているわけではないということは、あなた様くらいの男性でしたら、既にご存知でしょう?」
 確かにそうだ。女は嘘つきである。それは身に沁みて分かっていた。
 だがまさか。昼は忠実で職務熱心な侍女頭。夜は貞淑を守りつつ乱れてしまう未亡人のはずだったモニカに、もうひとつの顔があるとは。
 見抜けなかった己が未熟なのか。
 まだ衝撃から抜け切れていない彼の頬に、モニカが唇を触れさせた。少女が若い恋人に悪戯混じりにしかけるような、軽やかなくちづけだった。
「どうか、そんなお顔をなさらないでくださいませ。わたくしも、つまらない軍人とのつまらない夜伽は、さっさと終わらせたかったのです。逆らわずに言うとおりにして、大した反応も見せなければ、すぐに解放されると思っておりましたわ」
「ああ……なるほど」
 自分が納得してどうするとも思ったが、グレンは呆けたように頷いた。彼が喋るたびに動くのどぼとけに、もう一度モニカがくちづける。ぞくりとした。
「思っていたよりも、まったく楽しゅうございました」
 モニカの右手は彼の鍛えた筋肉に包まれた胸を滑り、小さな乳首に触れた。思わず眉を寄せると、その反応を面白がるように、彼女は再び艶然と笑った。同時に女の反対の手がもぞもぞと動き、グレンの脚を撫でて内股へと動いていく。ぞくぞくする艶かしい手つきだ。彼はまたも下腹に熱が溜まり、体が熱くなっていく予感に捉われた。
「モニカ……」
「どうか、そのままで。先ほどのお礼に、今一度、わたくしがお慰め申し上げます」
 そういう意味ではなかった。既に二回射精しているので、回復にはもう少し時間がかかるだろうと思ったのだが、彼女は有無を言わさずグレンの体を仰向けに転がすと、厚い毛布をはねのけた。すっかり彼女に主導権を握られているが、行為の疲れとモニカの豹変ぶりの衝撃に打たれ、抵抗する気力も削がれてしまった。

 彼を仰向けにしたまま、半身を起こしたモニカは腰のあたりに座り込んで、グレンを見下ろしていた。何故だろうか。恐怖に動くこともできずに転がる羊と、今まさにその内臓を食い破ろうとする狼が連想された。
 内股を撫でていたモニカのしなやかな手が、そっと陰嚢に触れる。そこを掌の上で軽く転がされた。やがて彼女の手は力を失った陰茎へと滑る。だらりとしたそれを細い指先が弄んだ。
「モニカ……ちょっと待て。少し休んでから……」
「まあ。そんなことおっしゃって。十分お休みになったでしょう」
 視線をひたとグレンの瞳に据えたまま、モニカの左手は彼の根元をそっと握った。そのままゆっくりと上下にしごかれる。先ほどの拙い手つきとは全く違う、物慣れた動きであった。しっとりとした柔らかい皮膚で愛撫され、意志とは関係なく彼のものは再び熱くなり始めた。
「ほら。お若いんですもの。もうこんなになってきましたわ」
「いや、だがな……」
 悔しいことに、モニカの言うとおり下半身に血が集まり、グレンの器官は硬く立ち上がろうとしている。しかし彼はまだ完全に疲労から回復してはいなかった。
「素敵ですわ。さすが大軍を束ねる司令官様ですこと。逞しいのはお体だけではありませんのね」
 さらに手の動きを早めながら、モニカは潤んだ瞳でグレンを見つめたまま言った。褒められて悪い気はしないが、あまり関係ないような気もする。
 脳は少々困惑しつつも、艶っぽく微笑む、靴下留めと靴下しか身につけていないモニカの姿と、優しく擦りあげる彼女の掌の感触に刺激されて、彼の器官は早くも硬度を取り戻し始めていた。
 おとなしく仰向けになったままグレンが大きな溜め息をつくと、モニカはふっと笑って体を反転させた。
「失礼致します」
 彼自身をしっかりと握りしめたまま、モニカはグレンに背を向けて四つんばいになり、彼の体を跨いだ。あろうことか、占領軍の司令官の眼前に尻を突き出す格好である。
(本当に失礼だ……)
 しかし無論のこと咎める気になどならない。グレンの目の前に小ぶりで柔らかそうな尻と、双丘の間から覗く秘められた裂け目がある。そこは彼女自身の愛液と先ほど彼が注ぎ込んだ体液の残滓に濡れて、つやつやと光っていた。
 目を奪われている間に、股間から立ち上がるものが濡れた粘膜に包まれた。
「う……あ……」
 尻を向けて四つんばいになったモニカが、グレンの陰茎の先端を舌で撫でたのだ。突き上がった快楽に彼は思わず呻いた。
「まあ」楽しそうなモニカの声と同時に、熱い吐息が彼自身を覆う。「可愛らしいお声ですこと」
 再びがつんと頭を殴られたような衝撃が彼を襲った。
(可愛らしいって……俺?)
 少年の頃を除き、可愛いなどと言われたことがあっただろうか。たとえ年上の貴婦人との情事に耽っていても。
 グレンにとっては大変な屈辱であったが、同時にそれはどこか甘やかであった。彼に穏やかに罵られて脚の間を濡らす種類の女たちも、こういった心持ちなのだろうかとそこだけ妙に冷静に考えた。
「どうぞ、もっとお声を聞かせてくださいまし。わたくし以外の誰も聞いておりませんわ」
 根元を掌で撫で、先端部分を濡れた舌で愛撫しながらモニカは囁いた。赤く染まった亀頭部分からは、透明な液体が漏れ出している。
「そんなこと言ったってな……う……ちょっと……そこ……」
「おいやですの?」
「ちがう、ちがう。もっと、ゆっくり……あ……あっ」
 陰茎がすっぽりとモニカの口内に包まれた。熱い粘膜が深い溜め息を誘う。
 モニカは口の中で先端部分を舌で愛撫しながら、器用にもゆっくりと顎を動かして彼自身を柔らかい部分で摩擦した。
(こいつ……)
 詐欺師だ。先ほどの覚束ない口淫は演技だったのだ。舌と唇の動きの巧みなこと、シェリル以上である。貞淑な妻どころか、玄人はだしの淫婦ではないか。
 休みなく快楽が押し寄せてきて、唇が震えた。呻きをこらえても重い溜め息が漏れる。二回射精しているというのに、油断するとすぐにでもまた達してしまいそうだ。
 何か別のことを考えなければと思うグレンの目の前で、モニカの形の良い尻が、顎の動きに合わせて揺れている。陰唇はぷっくりと膨れ、開いて、濡れた肉の襞を覗かせていた。 
 一人で果ててたまるか。
 彼は首を上げると、その中に指先を差し込んだ。愛液に濡れたそこは、簡単に男の指を体内へと導く。
「んんんんっ……」
 モニカのくぐもった嬌声が聞こえる。しかし彼女は咥えたものを離そうとはしなかった。グレンは荒い息をつきながら、さらにもう一本指を差し入れ、濡れそぼった膣の中で前後させた。女の愛液と、彼が放った精液が内部から溢れてくる。指先を少し折り曲げ、女が喜ぶ膣の前壁を刺激した。
「んふっ……く……んん」
 鼻にかかるような甘いモニカの声。女の口を塞いでいるのが、他ならぬ己のものだと思うと、彼女の口の中で彼自身はさらに膨れた。
 どうも精液を放った膣に舌を入れるのは抵抗があった。グレンはもう少し顔を起こし、指で膣の愛撫を続けながら、柔らかい尻の中に顔を埋めた。そこにある窄まった小さな穴からは、汗の匂いに混じって、微かに石鹸の香りが漂う。きちんと尻の穴まで洗ってきたようだ。
 彼は舌を伸ばして、無防備なモニカの肛門を撫でた。びくりと尻が浮き上がる。穴の周りをくるくると舐めると、細くしなやかな内ももがぶるぶると震えた。彼女の内部に差し入れた指に、さらに愛液がまとわりつく。
 女は男の陰茎を唇の中で可愛がり、男は女の裂け目と尻を舌と指で愛撫した。荒い呼吸と微かな喘ぎ、体液が肌に擦れる濡れた音が交錯した。

 互いに息が切れるほどの愛撫を与えた頃、モニカが彼の陰茎から唇を離して向き直った。グレンも起き上がろうとするが、モニカに両手で押さえられた。
「閣下、そのままでと申しましたでしょ。わたくしにお任せくださいな」
 柔らかい、全身の緊張を解かれるような声だった。ある一部分の怒張を残して、彼の肉体は幻惑されたように緩んだ。
 やっとのことで頷くと、モニカは満足そうに笑い、再び彼の腰に跨った。鍛えたグレンの腹に手を突いて体を支えながら腰を落とし、脚の間の雌だけが持つ場所で彼自身を捕えてゆっくりと飲み込んでいく。
「ああっ……」モニカが大きく喉を仰け反らせた。「あ……グレン様……素敵……もうこんなに硬くなって……」
「モニカ……」
 奇妙で美しい女への愛しさが溢れ、グレンはモニカの背中を引き寄せた。繋がったまま上体を屈めたモニカが、そっと唇を重ねる。舌を絡めあったのは一瞬で、すぐにモニカは起き上がると、自ら腰を動かし始めた。
「あ……っ……! はああっ……! すてき……きもちいい……!」
 はあはあと荒い呼吸を続けながら、モニカは甘く濡れた声で喘いだ。グレンの腹の上で、黒い髪を乱しながら前後に、時に上下に揺れる女の姿は、異教の奔放な女神のようであり、男の精気を吸い取る美しい魔物のようでもあった。
 女の下半身に締めつけられ、ぬるぬると甘美な摩擦を何度も与えられる彼自身は、もはや限界が近かった。
「モニカ……もう少しゆっくり動いて……」
「ああんっ、そんなことおっしゃらないで……。わたくし、もう果てそうです。どうか、このまま……」
 なんだ、このわがままな女は。
 口調ばかり丁寧だが、彼の具合などお構いなしである。華奢で淑やかな見た目からは考えられないほど、激しく腰を動かすモニカの体から、汗の甘やかな匂いが散る。彼女の体が跳ねるたびに、長い髪の先がグレンの腹をちらちらと刺激した。
 彼は細い腰をしっかりと両手で抱えると、下からモニカを猛然と突き上げ始めた。甲高く女は叫ぶ。
「ああーっ! そこ……もっと……もっとください」
「こうか? これでいきそうか?」
「はっ、はい……はああっ! あああっ……閣下……」
「モニカ……!」
 激情にかられたように、彼は上体を起こしてモニカの細い体を抱き締めた。この瞬間、完全にグレンを支配している女の肢体は、やはり折れそうに細く、頼りなかった。
 結合しながら向かい合って座ったまま、彼は最後の動きを始めた。モニカの腕が背中に絡みつき、爪を立てるほど力がこめられる。
「はあ……はあ……あああっ、お願いです。もっと……もっと……」
「モニカ」
 声がぶれるほど女の体を下から突く。抱き締めあった彼女の舌が、強引のグレンの唇の中に差し込まれた。
「ああ……もっと……私の中にいて。離さないで……」
 甘い声でせがまれるまま、グレンは彼女をきつく抱き締めた。そうしながら、目を閉じた彼女はもはや自分のことなど見てはいないだろうという気がした。モニカの瞼の裏で華奢な体を抱き締めているのは、おそらく彼女の亡き夫だ。
 初めて彼女への哀れみが満ち、涙が滲みそうな強烈な悦楽が吹き上がる。ほぼ同時にモニカの内部が震えて痙攣し、彼を飲む込むように収縮した。グレンは圧倒的な安堵と愉悦のうちで、みたび彼女の中に精を放った。

 さすがに疲れた。
 間にほとんど休みを取らずに三度も射精すれば、ぐったりする。
 まだ彼に跨ったままのモニカは、全身を弛緩させるグレンを見下ろして優しく笑うと、上体を倒して彼を抱き締めた。柔らかい肢体はまるで聖母のようであったが、抱き締め返すのも億劫であった。
「素晴らしかったですわ、司令官様」
「そうか……」
 ぼんやりと答えると、啄ばむようなくちづけが返ってきた。モニカはそのまま、うっとりするように彼に穏やかに体重を預けていた。そろそろどいて欲しいが、告げる気力も無い。彼女の中で、自身が硬度をゆっくりと失っていき、体液が僅かにあふれ出すのを感じながら、グレンは目を閉じた。


 少し目を閉じるだけのつもりだったのに、眠ってしまったらしい。瞼を開けたグレンは、全裸の体の上に毛布が被せられているのに気づいた。
 首をめぐらせれば、隣にモニカが寄り添うように横たわっている。彼女の瞼は閉ざされていたが、眠ってたわけではないようだ。彼が目覚めた気配を感じたのか、すぐに黒い瞳が覗いた。
「ああ……俺、寝てた?」
「ええ。ぐっすりとお休みでした」
「もう、朝か?」
 体がけだるい。上半身を起こすのが面倒で、グレンは首だけで窓を振り向いた。鎧戸の隙間は黒く塗り潰されたままだ。まだ夜明けではないらしい。
「いいえ。まだ夜中でございます」
 丁寧に答えるモニカの様子は慇懃で、寝る直前に起きたことは夢ではなかったかと彼は思った。
「そうか……」 
 もうひと眠りする時間はある。安堵の息をついて、再び瞼を閉じるグレンの脚の付け根に何かが触れた。彼は目を見開き、モニカを凝視した。侍女頭は応えるように妖艶に微笑むと、しなやかな動きで男の腰を撫で、陰毛をゆるゆると弄んだ。
「モニカ。やめろ。もう寝る」
「まあ、閣下。そんな怖いお顔なさらないでくださいまし。わたくし、すっかりあなた様のお手前と逞しいここに夢中になってしまいましたわ」
 公都の貴婦人でも吐かないような世辞をしゃあしゃあと言ってのけ、モニカの手はだらりと垂れたものを撫でた。
「いや、嬉しいが、また今度だ。今夜はもう無理だって」
「あら、試してみなければ分かりませんでしょ。わたくしよりもひと回りもお若いのに、おじいさんのようなことをおっしゃらないで」
 おじいさん。
 さらりと漏れた童女が放つような一言が、グレンの心に突き刺さった。レジーナには、いくらじじいと罵倒されても気にならないのに、全く不思議な話であった。
 いや、それよりも。
「モニカ……」
「はい?」
 少女のように小首を傾げながら、モニカの掌はグレンの内股と男性器を撫で回し続けている。
 今この女は、グレンとひと回り年が違うと言っただろうか。年齢不詳の彼女だが、どう見ても三十の半ば。それ以上には見えない。
「……お前、いくつだ?」
「まあ。女性に年齢を尋ねるなんて。いくら司令官様でも許されることではありませんわ」
「いや、だがな……」
「それに、私どもの主人に対する、数々の無礼。レジーナ様に代わって、少しこらしめて差し上げなければなりませんね」
「や。ちょっと……」
「ご安心なさってくださいまし。こらしめながら天上の国にお連れしますわ」
 いえ、もう結構です。
(いや、待て。なんで敬語なんだ、俺……) 
 うまくモニカに返事を返せないでいるうち、彼のものが優しく包み込まれ、そっとしごかれ始めた。
「モニカ、待て。明日にしよう。今は……っ……う……」
「すてき。さすがグレン様です。ほら、少しずつ元気になっておいでです」
「いや、そんな無理やり……」
 彼の言など聞く耳もたず、モニカはグレンの体を先のように仰向けに転がした。なすがままである。その上にのしかかった彼女は嬉しそうに笑った。やはり無邪気な少女のような笑みだったが、グレンは何故か舌なめずりする狼を連想した。
 濡れた陰部と柔らかな陰毛で彼の腹をゆるく刺激しながら、モニカは体を倒してグレンの耳に顔を寄せた。
「もう少し、おつきあいくださいませ。わたくしの年齢を知りたいのでしょう? 教えて差し上げてもよろしゅうございますわ」
「そっ……それも明日……」
 彼女の年齢を知りたいのは山々だが、今は危機を脱して早く寝たい。グレンは寝室の外で待機している見張りを呼ぶことすら考えた。絶体絶命という気がするのである。
 しかしモニカは彼の耳元でぽつりと、これまでで最も色っぽい声で答えを囁いた。
(……化け物だ)
 彼女の実年齢を聞き、戦慄するグレンから顔を離して身を起こした彼女は、小さな笑い声を漏らした。
「さ。あなた様のお望みのものは差し上げました。今度はわたくしの欲しいものを頂戴したく存じます」
 言うが早いか、優美な肢体をずらして、モニカは彼の下半身に触れた。
「ちょっと……マジで待って……明日、倍にして返すから」
「今欲しいのです。あら、もうこんなに……」
「違う。違わないけどっ……あ……」
 抵抗する体力も気力もない。もはや完全にモニカの思うがままであった。
(喰われる……)
 捕食の甘美な恐怖も、休みなく下半身からせり上がってくる快楽に押し包まれ、彼は力なく横たわったまま往生を待つしかなかった。
 
 

「お約束通り、今宵のことは一切すべて、お忘れになってくださいませね」
 散々グレンを蹂躙した後、夜明け前にモニカは悠々と部屋に戻っていった。
 生きているのが不思議である。
 腹上死はグレンにとって理想の死に方のひとつだったが、こんなに無念なものであったのかと思い知った。
 忘れていた。女はやはり魔物だ。
 苦く甘い敗北感と途方もない疲労に襲われ、占領軍の司令官殿は空が白むころに、ようよう眠りに就いた。

 
 **


「眠そうですね」
 何とか起き出した朝食の席で、グレンが欠伸を連発していると、向かいに座った副官が声をかけてきた。
「ああ……何だか疲れが取れなくてな」
 取れるどころか、一日軍事訓練を行ったぐらいの疲労をため込んだのである。眠いのも当然だった。無感動に上官を眺めながらロデリックはぼそりと呟いた。
「中年ともなると、色々大変ですねえ」
「おい、テメ。今なんつった」
 疲労による苛立ちも手伝い、グレンはさりげなく暴言を吐く副官に、スープを飲んでいた匙を投げつけた。
「あ、ナイフ落としちゃった」
「おっと」
「うっ」
 結構な速度で宙を飛んだ匙は、テーブルの下に屈んだロデリックの頭上を越え、その後ろを通りかかりながら、咄嗟に足を止めた執事の眼前を越え、さらに奥の壁際で、給仕娘から受け取った山羊の乳に口をつけていたニコラスの後頭部を直撃した。
「きゃっ」
「お怪我はございませんか」
 給仕娘は小さな声を上げ、執事は慌てて盆を置いてニコラスに歩み寄る。ナイフを拾い上げたロデリックも、振り向いて立ち上がった。
「ニコラス、大丈夫ですか」
「ああ……顔が乳まみれになっただけだ……」
 匙がぶつかった拍子に、乳で満たされた碗に顔を突っ込んだニコラスは、執事から受け取った布で生臭い匂いに包まれた顔を拭った。
 レジーナの寝室に忍び込んで、夫人に口づけをするという狼藉を働いた罰に、彼は一昨日まで山中の間道工事の現場に飛ばされていた。やっと司令官の怒りが解けて、本城に戻ってくるなりこれとはついていない。
 当分いびられそうだとニコラスは溜め息をついた。背後の様子に気づかなかった彼は、グレンが自分に向けて匙を投げつけたと思い込んでいたのである。極めて不機嫌だったグレンも無論詫びもせず、黙々と食事を続けた。


 朝食後は兵舎にて、早朝から小隊長を交えた軍議がある。グレンは副官を従えて、兵舎へと向かう廊下を下っていた。
 中庭に通じる前方から歩いてくる人影を認め、一瞬だけ彼はたじろいだ。
(……う)
 若い侍女を連れたモニカである。侍女頭は彼らに気づくと、廊下の端に寄って貴人にそうするように頭を垂れた。若い侍女もそれに倣う。
 すれ違いざまに鷹揚に挨拶をすれば、乱れもない美しい声で挨拶が返ってきた。頭も普段通りしっかりと結い上げて布で覆っている。当然だが服装にも一分の隙もない。
 ゆうべのことは悪い夢ではないかという気がした。
 約束通り、もう忘れよう。
「常からお綺麗な方ですね」廊下を歩きながら、小声でロデリックが言った。「昨夜はモニカ様を寝所にお招きになったとか」
「お前には関係ない」
 ロデリックを女を呼び出す役目から外して久しいが、誰かから噂を聞いたのだろうか、珍しくグレンと同衾した女に好奇心を見せてきた。
「ですが、グレン様は相当お疲れのご様子ですので、何かあったのかと心配になりまして」
「なんもねえよ。やりまくって寝ただけだ」
 ロデリックの飄々とした口調が癪に障り、つい粗暴な声で応じる。
「そうでしたか。しかし以前にも申し上げましたように、女性には充分お気をつけください。グレン様も、もうお若くは……」
「うるせえ」
 我慢できずに、振り向きざま副官がいる背後に肘を突きだしたが、難なく後方に下がってよけられてしまった。
 ロデリックは勘がいい。グレンの疲労とモニカの普段と変わらぬ様子を見て、昨夜の彼らの睦みあいを何となく類推しているだろう。
 だがいくら何でも、あの女の本性にまでは気づくまい。
 ふつふつと怒りが湧いてきた。
(あの女狐……)
 ゆうべは不覚をとって完敗を喫した様相だが、このままではたまらない。近々、体調を万全に整え、対策を練って、あの妖婦が気を失うほど攻め立ててやる。

 急にきびきびと歩き出した司令官を見て、ロデリックは珍しく彼がやる気を出したのかと考えた。軍議の前に司令官と打ち合わせが必要だが、いかにも昨夜、女に精気を吸い取られましたといった様子のグレンを前に、これでは碌に話もできないと思っていたのだ。
 無論、上官をからかっていたのは全くの趣味であって、彼を発奮させるためなどではないが。
 通用口に繋がる長い廊下を歩きながら、ロデリックはニコラスから受けた工事の進捗状況と、大公からの通達を小声で簡潔に知らせた。グレンは珍しく茶々も入れずに真面目に聞いている。
 一通りその報告を終えた後、ロデリックは牢番を通して聞いた囚人からの頼みを告げた。
「レジーナに手紙? あのガキが?」
「できれば副伯夫人に面会したいそうですが、それが叶わないなら、せめて手紙を書きたいそうです」
「ふん。――奴はどうしてるんだ?」
「お元気にお過ごしのようですよ」
「牢屋ん中でお元気とは、意外と神経太いな」
「外に出られないことを除けば、さほど不自由もない待遇ですからね。食事を運んでくる侍女を手なずけて、仲良くしているそうです」
「仲良く?」
「ええ。牢番が、上官に見張りの交替を頼んでくるほど仲良く」
 グレンは小さく笑って肩をすくめた。
「そりゃいい。ほっといてやれ。――他に動きは?」
 ロデリックの表情が一瞬引き締まった。彼はグレン以上に、副伯の従弟を警戒している。
「今のところは、特に。紙とペンを貸して、夫人への書簡を書かせてもよろしいでしょうか?」
「いいんじゃないか」
 グレンは関心が薄そうに頷いた。
 エドワードを幽閉しているのには、いくつかの理由があるが、そのひとつは彼の背後にどこかと繋がり――例えば彼らの標的である、谷向こうの伯爵領――がないかどうか、確認するためだ。しかし現在のところ、エドワードが何かを企んでいる様子はない。件の侍女には注意が必要だが、彼女が何か怪しい動きをしているわけでもないようだ。
 レジーナに手紙を書きたいなどとは新しい動きだが、内容を公国の人間に知られてしまうことぐらい、エドワードも分かっているだろう。彼の意図は図りかねた。
 それより彼らにとって頭が痛いのは、工事の遅れである。今年の夏は暑さが激しく、昼間の作業が大きく滞っているらしい。雪が降る前に形だけでも作り上げておきたい。ひとたび山が雪に包まれれば、工事どころではなくなる。
 猛暑のためか、秋まで暖かいのが幸いだった。秋分を過ぎた今では大分冷えるようになったが、晴天が続き、まだ雪は降っていない。
 彼らは廊下の端の扉を開け、中庭に出た。
 突風が吹きつける。空は晴れ渡っていたが、この地方特有の北風が、今日は驚くほど強かった。
 グレンは髪を乱す烈風の中に、微かに来たる冬の冷たい香りを嗅いだ気がした。苛烈な山地では秋は短く、冬はある日突然訪れると聞いた。

次回の更新は、一週または二週空く予定です
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